『インスリン注射も食事制限もいらない 糖尿病最新治療』
岡本 卓(著)
2009年
角川マガジンズ
☆☆☆☆
角川SSC新書の「078」。現に糖尿病の治療を受けている一般読者を対象として、著者の糖尿病治療の考え方について述べた本。読者が「糖尿病患者の常識」をある程度もっていることを前提としている。
全8章構成。メタボリック・シンドロームと三大生活習慣病(高血圧・高脂血症・糖尿病)、糖尿病の治療、アコード試験、喫煙・ストレス、食事療法・運動療法、低血糖症、心筋梗塞、インスリン注射から飲み薬への転換、といった内容。章ごとのテーマが比較的独立しているような印象(ひょっとすると、他の媒体で発表済みの文章を本書のために再構成したのかもしれない)。
タイトルの印象から(「インスリン注射なんて必要ありません!」「食事制限なんて意味ありません!」「あんなものは全部医者の金儲けのための嘘です!」というような)奇を衒った内容を想像していたが、読んでみるとスコブル真面目、マトモな本だった。最新の学術論文の内容をガンガン引用し、巻末には引用文献リストまで載せている。前半の文章はややお堅く感じたが、後半は読み物としても読み易い(最後の方の数章は、それぞれ1つの読み物としても読める)。
章ごとに話が完結している雰囲気が強く、全体を読み通すまで著者の主張が見えにくかったが、読み終わってみれば著者の主張は明快だった。主な論点は以下の4点かと思う。
まず著者は、糖尿病患者の気を付ける点として、三大合併症(網膜症、腎症、神経障害)よりも、2つ以上の生活習慣病を併発した場合にリスクの高まる「動脈硬化」を重く見ている。心筋梗塞と脳卒中につながるからである(それぞれ、日本人の死因の第2位と第3位)。そのため、血糖値だけでなく、コレステロール、血圧も同時に管理する必要がある。
2点目は、「血糖値を正常値に無理やり下げるべきなのか?」というもの。血糖値を下げる強い薬(インスリン注射を含む)を使うと血糖値が下がり過ぎてしまうことがあり、これが心臓の負担となって心筋梗塞等の心血管疾患を引き起こしてしまう危険性があるというのである(主要な論拠として「アコード試験」が挙げられている)。血糖値を下げようとするあまり逆に死亡率が高まってしまうのであれば、それこそ本末転倒だ。そこで著者は、血糖値に関しては緩やかにコントロールし、コレステロールは薬で抑え、食生活と運動習慣の改善により血圧を下げる、という治療方針を提案している(あと、禁煙ね)。
3点目は、全ての糖尿病患者に適用可能なワケではないものの、インスリン注射から飲み薬への転換も可能、という話。多くの2型糖尿病患者の問題は、すい臓からインスリンが分泌されないことではなく、インスリンが効かなくなっていること。そうだとすれば、体内のインスリン濃度を増やすインスリン注射をやめて、インスリンの効きを良くする飲み薬による治療を行うことも可能だと言う(こういう治療を行う医者はかなり珍しいらしい)。このことを知ると、患者の多くは治療への取り組みが積極的になり、生活習慣の改善にも意欲的になるのだとか。
最後に、「糖尿病治療は辛く、楽しみを奪われるもの」という世間に流布しているイメージが、治療を受けるという患者(予備群を含む)の決断を躊躇わせている、ということ。また、強過ぎる制限が、ストレスの原因となっていること。当たり前だが、本人が治す気にならなければ、治るものも治らない。
こういう言い方はいろんな意味で失礼だろうが(著者にも、北見市民にも)、何でこんな優秀な人が北海道の北見なんかにいるのかな、というのが正直なところ。調べてみると、ある事件があったらしい(たぶん、この著者はアメリカには入国できない。入国した途端に拘束されてしまう)。もっと驚いたのは、北見のコミュニティ放送局「FMオホーツク」で月に1度ラジオ番組(「岡本卓の最新医療情報」)をやっているらしいこと(笑)。この人の話なら是非とも聴いてみたいと思う。
その「事件」がなければ、アメリカか東京の有名医大の教授に収まっていたであろう著者、北海道の一地方都市の開業医として地域医療に取り組む過程では、著者の輝かしい経歴は逆に意味をもたなかったのではないかとも思う。しかし、その経験が(権威にものを言わせるのではなく)患者とのコミュニケーションを大切にする著者の姿勢を形作っているのではないか、という気がする。
続編の『薬が減らせて、血糖値にもしばられない 糖尿病最新療法2』(2012年 角川マガジンズ)も刊行されている。
本文175ページ程度。

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