『実戦! 行動ファイナンス入門』
真壁 昭夫(著)
2009年
アスキー・メディアワークス
☆☆
アスキー新書の103。人間の意思決定には様々なクセがあるから、自らのクセを理解した上で投資に活かしましょう、という本。
株式投資などに関心のある一般の読者を対象とした、行動経済学の一分野としての「行動ファイナンス」入門。本書によると、「行動ファイナンス」とは、要するに(認知心理学分野ではおなじみの)「プロスペクト理論」のことのようだ(本当にそうなの?)。第1章はそれなりにお堅い本に見えるが、第2章以降はスイスイ読める。ただ…、最後まで読んでわかったが、読み易いのは内容がないからだった…。
全8章構成。第1章をイントロダクションとし、第2章・第3章では、行動ファイナンスの中核をなすプロスペクト理論や人のもつ様々なヒューリスティック・バイアスについて簡単に紹介している。ここまでを「基礎編」として、以降は、基礎編で登場した概念を用いて実際の金融市場や投資戦略を見定める「応用編」と位置づけられている。
リーマン・ショック直後に書かれた本で、サブプライム・ショック、リーマン・ショック等のバブル崩壊・金融危機を強く念頭に置いて書かれている。(実際には頻繁に起きている)バブル現象の発生を従来の伝統的な経済学・金融工学の理論では説明できない、とする第1章は、本書の導入部としては期待を高める良い出だしだったのだが…、読み進むにつれて落胆していった(だんだんダメになっていくのだ!)。
著者は行動経済学や行動ファイナンス関連の多くの著書や翻訳に関わってきた人のようだが、トヴァスキー・カーネマンの理論に関しては、かなりアヤフヤな印象。挙げる例が少しずつピント外れのような…。第2章・第3章の内容については、心理学・認知科学系の本を読んだ方が良いだろうと思う。また、学問としての行動ファイナンスを学びたい読者にも不向き。
著者は大学教授だが、学者さんというより、現実の金融の世界の実務畑を歩んできた人のようだ。タイトルに「実戦!」とあるため、中盤以降の内容に期待したのだが…、(おそらく「行動ファイナンス」抜きでも成り立つような)投資にまつわるエッセイのような内容でガックリ(例えば、単に「思い込み」を「アンカーリング」と言い換えただけのような…)。「実戦」からも「実践」からも程遠い内容、と言わざるを得ない。まことに残念。
本書では、現実の人間が「合理的経済人(ホモ・エコノミカス)」の仮定を満たしていない、ということばかりが強調されているが、そのこと自体は自明である。自明でないのは、人の示す非合理性が「デタラメ」ではない、ということだ(人の判断は「特定の方向に」歪んでいる)。その本質を掴み、伝統的な経済学・金融工学の前提を修正することによって、これまで説明できなかったどのような現象がどのように説明できるようになるのか、を示すのでなければ「行動ファイナンス入門」として意味がない(「意味がない」はちょっと言い過ぎかもしれないが…)。特定の規則に従うと仮定された市場参加者の相互作用の結果として「市場」という(個々人に還元できない)社会現象が生じてくるプロセスそのものを扱う理論的な枠組みを有している、ということが、経済学が社会科学の「優等生」的地位についていることの理由なのだから。
もしもう1冊読んでみて同じような調子だったら、もうこの著者の本は読まなくていいかな、というのが正直なところだ。
本文200ページ程度。

0