2011/1/31  22:18

【映画感想】The Kids Are All Right (邦題:キッズ・オールライト) ☆☆☆1/2  映画感想 2008年〜

<あらすじ>医師のニック(ニコール)と専業主婦のジュールスは結婚20年のゲイカップル。精子提供で産んだ娘のジョニと息子のレイザーと4人家族で仲良く暮らしている。ジョニが18歳になり、弟の希望で、母たちには内緒で精子提供者に会うことに。二人の生物学的父親(同じ人物)であるポールは、優しくて人好きのする、しかしどこかいい加減な感じの独身男だった。

こういう、昔ながらの標準に沿っていない家族の話といえば、世間の偏見や迫害に団結して立ち向かう立派なひとたち、というイメージがまずわいてしまうのだけど、この家族にはそういうところはない。いや、世の中の偏見と戦うってのも、当初はあったのかもしれないけれど、それはとっくに乗り越えている感じ。

ニックが娘に「誕生祝いのお礼状を早く書きなさい」と口うるさいあたり、「ゲイカップルの子供だから、礼儀知らずと見られないように気を遣っている」と見ることもできるけど、単にもともとの性格がコントロール・フリークなだけのようにも見える。

そして、ニックもジュールスも、立派どころかけっこう欠点だらけ。見ようによってはダメダメな人々である(特にジュールス)。

以下ちょいバレ

大人になりつつある子どもたちが、そういう親のダメさを発見して、怒り嘆き、やがて諦めて、ため息とともに許すという話。だから「子どもたちは大丈夫(The Kids Are All Right)」なんだな。

最後のシーンで、15歳の息子が母親たちにかける言葉が、やさしくて泣けます。

でも、そういう段階にたどり着くのは、子どもたちが小さい頃の阿鼻叫喚(?)を、ぎりぎりの綱渡りで乗り越えた親たちだけの特権なんだろうなあ...。精子提供者のポールは、そこをスキップして、いきなり親になるチャンスを手に入れた気になって、ニックを烈火のごとく怒らせるのだけど。

ほんとに、家族を維持するのは、並大抵のことじゃない。夫婦...じゃなくてこの場合婦婦(<「ふうふ」と読んで下さい)両方が常に全力で取り組む必要があるし、「もう結婚XX年で安定しているから」と油断すると端からぼろぼろ崩れてくるし、子供でさえ、ある程度の年齢になったら協力しないといけない。家族の絆の維持を「母」だけに押し付けてちゃいけないのだ。

そういう、普遍的な家族の姿を描く映画の主役がゲイカップルであること、また、ゲイカップルが主役の映画で描かれる困難がゲイカップル特有のものでなく、そういう普遍的なものであること...アメリカは、もうここまで来ているのだろうか。それとも、そうではない地域も多いからこそ、こういう描き方にメッセージを込めたのだろうか。

蛇足

息子とその悪友が母親たちの寝室を(思春期ヘテロ男子のやらしー興味深々に)探り、ポルノDVDらしきものを発見、ワクワクと見てみるとレズビアンでなく男性ゲイものだったのでショック、というのが笑えました。後で息子が「何でレズものじゃなく男のゲイなんだよ!」と問い詰めると、ジュールスが「ああいうのはストレートの女性がフリをしているだけでシラけるし、女性のセクシャリティは内面へ向かうものだから逆に外面へ向かう男性同士のセクシャリティの描写が云々」という解説がスラスラと口から出てきて、息子が「カンベンしてくれ」って顔になるあたりとか(笑)。

セクシャリティの複雑さ...彼女たちは、普段から言語化して、じっくり考えているのだろうなあ。



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