2012/5/31  22:33

「コルベア・スーパーパック」〜政治に金を出すということ(2)  スティーブン・コルベア

The Colbert ReportMon - Thurs 11:30pm / 10:30c
Colbert Super PAC SHH! - Corporate Campaign Players & Super Secret "Spooky PACs"
www.colbertnation.com
Colbert Report Full EpisodesPolitical Humor & Satire BlogVideo Archive


The Colbert Report 2012/5/8

さて、本物のスーパーパックであり、かつスーパーパックを批判するためのパロディでもあるという複雑な存在「コルベア・スーパーパック」ですが、これはスティーブン自身やコメディ・セントラルが金を出しているのではなく、すべて視聴者の寄付によって成り立っています。

『スティーブン』は、番組でよくチャリティ募金の呼びかけをするのですが(アメリカ国内の教育支援、軍人の家族の支援など)、番組独自で集めたものについては、いつも必ずきっちり、寄付総額と使い道の発表をしています。

でも、スーパーパックには、寄付総額を報告する法的義務はないので、(そういう義務がないことに対する批判として)わざと総額を発表していません。でも、相当の金額(たぶん百万ドル単位)が集まっていることはほのめかしています。

で、いくら集まったかも公表されない、その金で何をするかもイマイチ分からないこの「スーパーパック」に、どうしてスティーブンのファンたちが大挙してお金を出しているのか(個々の寄付は多分少額だと思いますが)。

それは、この番組の視聴者(The Daily Showの視聴者とほとんど重なっている)は、シチズンズ・ユナイテッド判決やスーパーパックのあり方に危機感を抱いていて、それに反対したいけどとりあえずどうしたらいいか分からなくて、でもスティーブンなら、この状況を明らかにして批判するのに「何か」やってくれそう、と感じたからだと思います。

私が言いたくて、でも言ってもなかなか届かない意見を、テレビで大々的に表現してくれそう。だから、負担に感じない範囲でお金を出す。言わば、自分の意見に、5ドルなり10ドルなりの「重し」をつけて投げるわけです。

アメリカでは、個人が「政治的意見の表明/政治参加として寄付する」というのは、日本と比べて、ずっと広く浸透していると思います。日本だと、「一票の行使」だけが清く正しい政治参加で、金を出したり集めたりは特別な人々のやる「なんとなく汚いこと」という感覚がある。アメリカでは、まだ選挙権もない高校生が、オバマ大統領に勝ってほしいからバイト代から20ドル寄付しました、なんてことは結構普通。

あと、日本ではあんまり言われないことだけど、特に大統領選挙の場合、「その州の過半数を制した候補が、州の選挙人を総取り」という特殊なカウント方法のため、「赤い州」(共和党候補が確実に勝つ州)または「青い州」(民主党候補が確実に勝つ州)に住んでいると、選挙権があっても自分の一票が結果を左右することはまず100%ありえない、ってこともあるかもしれん。だからむしろ、応援する候補が「スウィング・ステート」(どっちに転ぶかわからない、勝敗を決める激戦州)での選挙運動に使えるよう寄付をする、という形で参加するわけ。選挙権のない人でもこの形なら応援できるし。

それなら、アメリカ大統領が誰になるかは世界に(いずれ日本にも)影響あるから、日本からちょっくら寄付するか、と思う人もいるかも。いや、2008年の大統領選では、サラ・ペイリンが副大統領候補になった時、私もマジでそれちょっと考えたよ(笑)。でもダメです。少なくとも私の見た範囲では、アメリカに住んでいる人じゃないと受け付けてもらえないみたいでした。(「スーパーパック」ならできるのかも。分かりませんが。)あ、言っとくけど、問題は「住んでいるかどうか」だからね。国籍の有無じゃなく。

まあとにかく、そうやって「金を出す」という形で政治的意見を表明する(政治参加する)というのは、民主主義の健全な基盤の一部だと、「コルベア・スーパーパック」への寄付金を見ていて思ったのです。

でも。(ここまでで、もう皮肉にお気づきでしょうが)

でも、シチズンズ・ユナイテッド判決およびスーパーパックは、「金を出す」という形で、大企業や大富豪など力のあるものが政治を支配し、民主主義の健全な基盤を破壊しかかっている-というのが、「コルベア・スーパーパック」の示したいことの本筋であるのです。

A. たくさんの個人が、それぞれ少額の金を出し合って、自分の意見を実現してくれそうな候補を応援する。

B. 少数の大企業または大富豪が、巨額の金を出して、自分の会社の利益に都合いのいい候補を応援する。

正反対のことです。でも、程度が違うだけで同じことであるとも言える。同じ法律で守られるべきなのか?どこで線を引くか?

大事なのはバランスなんだと思いますが、そのバランスを取るためには、まずは、ある程度以上の額・パーセンテージを出している人・企業については、その出所を明らかにすること、つまり「透明性」が必要。だからこそ、上にリンクしたセグメントのように、スーパーパックの透明性(巨額寄付者を発表する法的義務を課すこと)が議論のまとになっているわけです。

スティーブン・コルベア:このPACは、法的には「社会福祉組織」ということになっているから、出資者をまったく公表せずに無制限の資金を集めることができる。彼らのネガキャンCMは、チャリティと見なされる。ホームレスに「働けよクソが!」と怒鳴ることが、募金と見なされるのと同じだ。

「シチズンズ・ユナイテッド」判決が覆されるまでは、B.の圧倒的力を少しでもそぐためには、むしろ積極的にA.をやっていくべきなのかな。

さて、日本の話。冒頭に書いた、「政治に金を出すことの日米の感覚の違い」を考えるきっかけになったという「あること」ですが、今ツイッターで話題になっているこれ↓です。

「制度を改正するために個人を攻撃する必要はありません!」#CIVILACTIONJAPAN (シビルアクションジャパン)

主旨については、むしろこのSPA!の記事が分かりやすい↓

日刊SPA!「片山批判」意見広告プロジェクトの主催者を直撃した!

ネットから、チャリティではなく政治的意見の表明のために(署名だけではなく)出資を募るというのが新しいと思い、また意見そのものにも賛成なので、少額ですが出資致しました。

正直、5000万円は難しいかなと思うのですが、ネット発で非チャリティ*の政治的ファンドレイジングでどこまでゆけるか、興味深いです。

*新聞広告掲載料に足りなくて社会福祉協議会への寄付になれば、結果的にチャリティになりますが。



トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ