2007/9/12  21:41

映画評論というフシギなもの【えらそう注意報】  映画・俳優一般

昨日、アメリカの評論家の言うことはあまり気にならないと書きましたが、それでは日本の評論家はどうかというと…実は、ここ15年ぐらい、全然読んでいないのでした。私も高校生ぐらいまでは映画雑誌を買って読んでいて、その頃は私も若くて素直だったので(?)「評論家」の言うことは、なんとなくありがたがって読んでいたような気がします。

就職してから、一時忙しくてあまり映画を観ていなかった時期があったのですが、90年ぐらいに「ダイ・ハード」を観たのがきっかけでまた復活して、せっせと通うようになり、また昔の習慣で映画雑誌を買ったりしました。

その頃の私は、映画が好きならば「映画評論家」の「評論」も読むのは、なんとなく当たり前のように感じていたのですが…そのうちに、なんかモノスゴイ違和感をおぼえるようになったのですよね。

きっかけは「ダンス・ウィズ・ウルブス」だったかなあ。私はこの映画、大好きだったのですが、ある雑誌である評論家が酷評していたのです。まあ、好きな映画を誰かがけなしていても、それは好みの違いだから別にいいのですが。その人が、たとえば「この映画のこういうところが嫌い」とか「ここがつまらない」とか言っているのなら。

でも、この評論家の論法は、「白人であるケビン・コスナーがネイティブ・アメリカンのことを描くのは偽善的」とか、「虐殺が描かれていないのは甘い」とか…そういうものだったのです。

で、思ったのですよ、このひとは全然「映画」を見てない。見てるのは自分の政治的考えと、監督がどこの国の人か、どの人種か、男か女かといった周辺事実だけだ。

そう思い始めると、他にもそういう評論家の文章はいっぱいあって、なーんだ、評論家ってこんなものか、と…

続きます。(多分)



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