2004/11/24  20:49

電車男と黄色いリボン  読書&アート

巷で話題の本「電車男」を本屋で最初のページだけ読んで、面白そうだと思ったので検索で探してネット上で読んだ。面白かった。

ネット上で全部読める話を本にして売れるのかな、と思ったけれど、ベストセラーになっているそうなので、私も買わずに済ますことに後ろめたさを感じないでいられます。「長い話は紙で読みたい」という需要は今でも大きいらしいですね。(私はディスプレイ上で何時間かかっても平気ですが)

ところで、これを読んでなぜか思い出したのが、「黄色いリボン」の話です。元々はピート・ハミルがコラムに書いた実話を基にした話で、歌にもなりました。

簡単に説明すると(知っている方は飛ばして下さい)、
「あるアメリカの長距離バス。乗り合わせた人々は長旅を一緒にするので、自然といろいろ四方山話をする。その中に、なんとなく暗く、思いつめたフンイキの青年。まわりのおせっかいなオジサンオバサンが理由をたずねると、こんな話をする。自分は刑務所で3年の刑期を終え、家に帰るところだ。家には妻がいるが、3年は長い。妻は今はもう別の生活をしていて、自分に帰ってきて欲しくないかもしれない。そこで、刑務所から手紙を送った。もしまだ自分に戻ってほしいなら、家の近くの街道から見えるところにある大きな古い樫の木に黄色いリボンを結んでおいてほしい。自分はバスからその木を見て、リボンがあったら家に帰る。リボンがなかったらそのままバスを降りずに去る、と。この話にすっかり引きこまれたバスの乗客たちは、彼と同じくらい緊張し、その樫の木が見えてくるのを固唾を呑んで待つ。いよいよその木が見えると、それは何百と結ばれた黄色いリボンでいっぱいになっていた。乗客たちは歓声を上げ、口笛を吹き、足を踏み鳴らし、背中を叩きあい、バスが壊れんばかりの大騒ぎで青年を送り出す−」…という話。

この話は日本でも翻案映画化されましたが、あの映画は私的には全然ダメだった。この話のポイントは「妻がまだ愛していた」ということにあるのじゃなくて、「大勢の通りすがりの人々が、見ず知らずの一青年のために、我が事のようにハラハラし、喜び、大騒ぎする」というところにあるのに、それがすっぱり抜け落ちているからです。和田誠さんが昔「この映画を二時間観るより歌を二分聴いたほうが百倍感動する」と書いていらしたけど、全面的に賛成。というか…恥ずかしいけど私いまだに、この歌を聴くたびに泣いちゃうんですですよね。"Whole the bus was cheering..."というところで。

「電車男」の話も、青年の話だけだとそんなに面白くない。スレの住人たちが「いいからすぐ電話しる!」と煽ったり、「カップのブランドが分かれば彼女の真意が推測できるかも」と知恵を出したり、「HERMESと書いてありますって、そりゃエルメスだろ!ブランド物じゃないか。」と突っ込んだり、「高価なものを頂いてすみません、お礼に食事を奢らせて下さい、という口実ができたぞ」「繰り返す、床屋じゃなくて美容院にいくんだぞ」とアドバイスしたり、「この期に及んでウジウジしてるとヌッ殺すぞ」と励ましたり、「読んでいて希望がわいてきたよ」「そうか?漏れはよけい鬱になったぞ」とぼやいたり、わいのわいのと大騒ぎするのが面白い。

「電車男」の映画化の話もあるそうですが、難しいだろうな。下手をするとまたポイントを外した映画になりそう。



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