2009/12/21  23:29

【映画感想】カールじいさんの空飛ぶ家 ☆☆☆☆  映画感想 2008年〜

ちょうど都合の良い時間にやっているのが3D上映だったので、初めて映画館で3D映画を観ました。(今までに観た3D映画って、ディズニーランドのマイケル・ジャクソンのやつだけだったのです。)3D上映はまあ、もの珍しくて楽しかったのですが...この映画に関しては、「3Dで観ないと損!」というほどのことはないかな。ディズニーランドの「キャプテンEO」の「3Dであることの価値」が90%だとすれば、これは10%ぐらいか。

それでも、「空飛ぶ家」が舞い上がるところなんかは、3Dならではのワクワク感がありましたが。

PIXERの映画を観ると、いつも「子供もすごく楽しめるだろうけど、でもこの映画の本当の意味は、子供にはわかるまい」と思うのですよね。この映画は特に、いつにも増してそうでした。私の年齢でも、まだ十分にはわかってないんじゃないかと思うほどで。

なにしろ、最初の10分ぐらいで、人の一生分の...いや夫婦だから一生分×2の、喜び悲しみの全てが描かれて、その二人分の人生の「重さ」がすべて、ひとつの家にかかってくるのです。この夫婦に子供がいたら、子供たちが巣立って別の家を作ったり孫ができたりで、ある意味分散されると思うのですが...子供がいないので、二人の60年分の夢だの失望だの幸せな思い出だの、全てがひとつの家に留まって完結している。それがどんなにものすさまじく「重い」ものか、たぶん子供や若い人には感じられないだろうな。

だからこそ、そのすさまじく重い家が風船の力で舞い上がるところには、何とも言えない爽快感があるのですけど。

でも、ほどなくその家は、カールにとって「重荷」になるのです。いやもうそれは、文字通りの意味で。

以下ネタバレ

最初の20分ぐらいを除けば、この映画には人間は3人しか出てこないのですが、その3人の人間(老人2名+子供1名)は、それぞれにはっきりとした目標を抱いていて、それに向かって一生懸命努力している。夢や目標に向かって努力するのは、一般には良いことであると奨励されているし、3人とも、そういう目標を持つに至った理由はまったく正当で、同情できるものなのですが...

どの時点から、それが妄執になってしまうんでしょうね。

じいさん二人に比べて、さすがに子供のラッセルくんは、その点切り替えが早い。長い時間をかけて、大変な努力をして集めたであろうボーイスカウトのバッジを、「もう、こんなのどうでもいい!」と、ぱっと捨てるでしょう?友達になった鳥を救うことの方が大切だと思った瞬間に。あれが転換点になっているのだと思います。

ラッセルくんのおかげで、カールもやっと「ただの家だ」と言えるようになる。この「ただの家」と言うことがどんなに大変なことか、それこそある程度の年齢を重ねた人じゃないと分からないかもしれませんが...

でも、もうひとりの老人(冒険家)は、当初の目標を最後まで捨てられず、それと共に滅びてゆく。

でも考えてみれば、カールよりだいぶん年上のはずのあのじいさんがあんなに元気だったのは、その妄執のおかげかもしれないので、ある意味天晴れな人生と言えないこともないかも。人殺しはいけませんがね。

ほんと、PIXERっていつもですけど、子供向きアニメにしてはメッセージがシビアすぎるんですよね、深く考えてみると。そこがいいんですけど。

主人公が映画の途中で、大事にしていた何かを「捨てること」によって解放されて新しいものを得るっていうのは、実は王道なストーリーラインなんですけど...でも、人生の終わりにさしかかった老人にもそれができるってこと、生い先短いからといって「完結」してなくっていいんだというのは、非常にサワヤカなメッセージでありました。



この記事へのトラックバックURLはありません
トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ