2009/5/6  22:40

ルーブル美術館展  読書&アート

休み中ずっとダラダラしているのも何なので、今日は上野の西洋美術館に「ルーブル美術館展」を見に行ってきました。

混んでるだろうと覚悟して行ったのですが、やはり混んでましたね。

今回は17世紀の美術を集めた展覧会で、フェルメール、レンブラント、ルーベンス、ラ・トゥールあたりが目玉で、もちろんそういうのも良かったのですが...(でもフェルメールの「レースを編む女」の前は特にめちゃ混みで、見るのに時間がかかったこと!)

メジャーどころの他に個人的に気に入ったのはルドルフ・バクハイセンという全然知らない画家の「アムステルダム港」という絵。オランダの貿易全盛期の、活気のある港を描いた大きな絵。17世紀の軍艦や、ボートや、遠くに見える船団や...(要するに帆船が描いてあればいいのか。...ちょっとそうかも。)

これのポストカードがあったら買ったのですが、やはりマイナーな絵らしくて、なかった。残念。


2009/3/1  23:16

【読書感想】テヘランでロリータを読む(その4)  読書&アート

アーザール・ナフィーシーも、「ペルセポリス」の作者マルジャン・サトラピもそうですが、こういう、イランの現体制に反対する作品を書くと、それではあなたは「反イラン」で、アメリカがイランを攻撃することに賛成なのだろう、と言う人たちもいるようです。(サトラピさんがそれに猛然と反論しているビデオも、どこかで見ました。)敵対している二極のどちらの味方か、ということでしか物事を見ない人はたくさんいる...というか、今の世界でも、それはけっこう支配的な考え方なのかもしれない。
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2009/2/26  0:17

【読書感想】テヘランでロリータを読む(その3)  読書&アート

だらだらと続く感想でごめんなさい。

「ペルセポリス」の主人公(作者)はイラン革命当時まだ子供で、両親のはからいで革命直後からヨーロッパに留学したので、まだ一歩離れた視点から見ていたのですが…「テヘランでロリータを読む」の著者は当時もう大人で、しかもこういうイデオロギーの争いになった時は「主戦場」となる大学で教えていたので、革命政府がどんどん過激になって、自由が奪われ文化が弾圧されてゆく様子を当事者として経験しています。
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2009/2/20  0:11

【読書感想】テヘランでロリータを読む(その2)  読書&アート

前回(2/15)書いた、アーザール・ナフィーシーが言っていた「『彼らの文化』ではない」ということについて考えていて、思い出したのは、先日「The Daily Show」にゲストで来ていた、神風特攻隊に関する本の著者に対するインタビューでした。

The Daily Show with Jon Stewart 2009/1/12
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2009/2/15  23:06

【読書感想】テヘランでロリータを読む(その1)  読書&アート

読み終わりました、一週間前に。感想は、うだうだ考えていてもちっともまとまりそうもないので、まとまらないまま、思いつくまま書いちゃいますね。感想というより、関連雑感という感じですが。

えと、最初に...私はこの本のことは前から知ってはいて、なんとなく読みたいと思ってはいたのですが...読んだ直接のきっかけは、ジョン・スチュワートなのでした。

著者のアーザール・ナフィーシーが最近「Things I've Been Silent About(私が黙っていたこと)」という新刊を出して、NYでサイン会をやったそうなのです。アメリカのサイン会というのはただ読者が並んでサインもらうだけじゃなくて、著者の朗読とスピーチと質疑応答がついているのですが、そこでナフィーシーさんはスピーチの中で、ジョン・スチュワートのことを「私のグル(導師)」だと言って、先日の「ギトモ」のセグメント(1月25日のエントリー参照)を引用して、「他人が自分をDefineする(定義する、あり方を決める)ことを許さない」ということについて語ったそうです。ちゃんとギトモたんの声もモノマネしたとか(笑)。これは、そのサイン会に行った人が「The Daily Show」のフォーラムに投稿していたのを読んだのですが。

「またそれかい」と呆れられそうですが、告白でした(笑)。

これは別のサイン会(講演会?)でスピーチしているナフィーシーさん。

http://fora.tv/2009/01/12/Azar_Nafisi_Things_Ive_Been_Silent_About#Azar_Nafisi_Denounces_the_Term_Muslim_World

<抄訳>
「イスラーム世界(Muslim World)」と十把一絡げに語ることは、それぞれの国や個人の多様性を無視しているということ、アメリカやヨーロッパの友人の中にはイラン・イスラーム共和国の現状を話しても、「それが彼らの文化なんでしょ?」という人がいる、女性の結婚可能年齢を18歳から9歳に下げたり、不倫や売春を疑われた人が石打ちの刑になることがイランの文化なら、ヨーロッパの文化は宗教裁判やファシズムやスターリン主義で、トーマス・アキナスやダンテやフロベールやジェーン・オースティンではないということになってしまう。アメリカの文化は奴隷制や人種差別ということになる。「それがアメリカの文化」などと言っていたら、アメリカの女性が参政権を得ることはなかっただろう。アメリカの文化はマーク・トウェインであり、エミリー・ディキンソンやソール・ベローやトニー・モリソンだ。ナボコフの言ったように、政府は現れ消える、天才の遺産だけが残る。「テヘランでロリータを読む」で言いたかったのはそういうことだ。イラン・イスラーム共和国を一度も出たことのない少女が「ロリータ」を読んで、アメリカの最も優秀な学生に優るとも劣らない議論ができる、それこそが真の平等だ。

あー、なんか著者本人が一番よくまとめてくれて、付け加えることはないような気もしますが...私自身の感想、というか雑感・連想もいろいろありますんで、それはまた次回に。



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