Dear Friend,Gentle Heart
限界  ゴタク

なにかあると、
「年だから」とか「そうそう、そういうお年ごろよね。」
っていうヤツ、いますよね?

それも、同い年のくせに、年下のくせに、なんだ、こいつ!?
って、思いません?

「もう若くないんだから無理しないでね。」

と、牡蠣にあたったときでさえ、言われましたよ。
同い年に。

牡蠣にあたるのと年はカンケーねーだろ!と。
子供は牡蠣に当たらないのか!てんですよ。

私は、決して、

自分を年とは思わないし、言わない。

身体の柔らかさだって、小学校の時よりずっと柔らかい。
(ものすごく身体の硬い子供だった。)
小中学校のときは、走るとすぐにおなかが痛くなって中途挫折、
いつも一番に手をあげて、ぜーぜー木陰で休憩していたが、
いまはスロージョギングで何キロも走れる。(今は走りがスローなため)
テニスだって、まあ、遅々としてではあるが、ほぼ上達の一途である。
脳だって、日に3度の物忘れなんのその、
まだまだキンダーブックよりずっと難しいマンガだって理解する。

「年だから」というセリフは、すごくよくないと思う。
人生にとって、マイナスな言葉だと思う。

特に私に対して、「年だから」というのはやめてほしい。
いったい何のために、その一言を言うのだ!?

世の人よ、「年だ」と言うのはやめなさい。
言うときはせめて、
「もう、57歳だ」とか「80歳だ」と年齢を明確にしなさい。

明確にしても私には言わないでください。
余計なお世話だ。

年は、自分でしみじみ感じるものですだ。。。。。

限界 2

最近ランニングにはまっているテニス仲間との会話。
彼女は、タイムに伸び悩んでいる。
先日ハーフマラソンに出場し、途中タイムで落とされたんだそうだ。
この友人は、「年だねえ」が得意のセリフだ。
まったく。若いとき、人一倍若かったのだろうか?

年齢も私よりずっと若く、
ランニングを始めてまだ1年くらいしか経ってないのに、

「やっぱり、限界はあるよねえ。」などと言う。

むかっとして私は言った。

そんなものは、ないっ!

そしたら、その場のみんなして大笑い、馬鹿にする。
私はムキになって言った。

限界なんかない!

努力すれば、ぜったいに前進するに決まっている。
限界がある、と思っているやつには、必ず限界があるだろう。
努力をやめれば、それが限界だ。

花粉症だってね、

どんなにくしゃみ鼻水真っ赤な目、声を枯らし、マスク離さず、
アレルギー用目薬を絶えずさしていてもです、本人が、
「私は花粉症じゃない!」といえば、花粉症じゃないのだ。
(注:下記の条件付
   @病院に行ったが、花粉症と診断されていない場合。
   A医者に宣告されても、私は違う!と認めなかった場合)

ちなみに私は、堂々、花粉症ですっ

うん、できた。

「花粉症認めたときに花粉症」ガンコ

「春先はくしゃみ鼻水なんだろう?」シラバックレ

「かゆいんです春はいつでも不思議です」ぶりっ子

「花粉症認めたくない意地っ張り」江戸っ子

あはは!なかなかいいね!

と、とにかく、人間に限界なんてないのだ。

だから、こうしてテニスだって続けられるのだ。

だいたい、

限界なんか、とっくに来ているのだ。



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