Dear Friend,Gentle Heart
2007/4/12  負け犬吼える  読書

松岡圭祐「後催眠」

静かな、息苦しいような戦いと癒しの物語。
読み終わって、じっとその感動を味わっていた。

主人公はひ弱だ。
読んでいていらいらしてくる。
どうして、そんなことでくじけるんだよ。

しかし、最後の最後、
この主人公は、苦しみながら、
自分ひとりで問題に立ち向かい、
自分の力だけで苦しみを凌駕した。

読みながら、かつてはごろ寝も、
主人公同様の神経症だったのだと気づいた。

そして読み終わった今、ごろ寝はまだ、
自分の問題を克服していないことに、呆然とした。

      

5年前、18年間勤務した職場を、退職しました。

「理由はなんなんだ。」
所長に聞かれて、言った。
「直属の上司とコミュニケーションが取れなくては、
 仕事は出来ません。」
「退職して、やっていけるの?」
「さあ。でも私ひとりぐらいなんとかなります。」

まあ、半ばヤケクソだった。
(あなたも私を見殺しにしてたよね。)
目の前の所長に向かい、心の中でそう呟いていた。

聴力の低下のため、職場でも家庭でも、私は孤立し、
すでにほとんど会話に入ることは出来なかった。

自分が知らない間にいろいろなことがどんどん進み、
そして、終わっていく。
自分は周りから、完全に取り残されていった。

上司にはノロマ扱いされ、怒鳴られ、睨みつけられ、
気安い部下は、そういうごろ寝を見て、
「どっちもどっちですよ〜」
などと言っていた。

結局、同じ立場になって見なければ、
この苦しみも悲しみも、理解なんかできないのだ。
絶望が渦巻いた・・・・。

やがて、職場ではほとんど口をきくことがなくなった。
上司の命令がよくわからないまま、
自分の目の前の作業に自信のないまま、
ひたすら、山のような仕事と格闘していた。
いや、真実は、どうしていいかわからず、誰にも聞けず、
毎日ただただ困っていた、というべきだろう。
そうしては、勘ちがいなレポートを作り、怒鳴られる。
始めのうちは、もっと説明をと訴えていたが、
そんな気力もだんだんに失せていった。

習うより慣れろなんていうが、
毎日毎日、怒鳴られることに、
決して慣れることは出来なかった。

この上司も根は悪いやつではないのだ。
頭では、よくわかっている。
悪人ではないのだが、とにかく気が短いのだ。
おまけに、いったい、どこで、誰に習ったのか、
部下を従わせるために、「脅し」は有効と思っている。
なおかつ始末が悪いのは、
「上司の前で、部下を叱りつける事」が、
自分にとって得になる良い事だと信じて疑わない。
「これが上司にアッピールするコツよ!」と、
酔って、処世訓を垂れるような人だから。

しかし、理屈と身体は違う。理性と感覚は違う。

頭ではわかっていても、怒鳴られるたびにビクッとする。
それは拳で殴られるのと、なんら変わらないショックだ。
暴力の痕跡がないから、
やっている本人も、見ている周りも鈍感、まさにそれだ。
怒鳴られている本人しか、理解できない痛み。

それが、ごろ寝の神経を少しずつ侵していった。
そいつの顔を見るだけで、また怒鳴るのではないかと、
ビクビクするようになっていった。

息苦しかった。
給湯室で、タバコを吸った。
タバコを吸っているときが、一番安心した。

事務所の所長に退職を承認してもらったあと、
そいつにオズオズと退職を告げた。
彼は机の上の両拳を握り締め、顔を動かさず、
目だけを異様に吊り上げてごろ寝を睨みつけ、
「俺に、全部やれって言うのかよっ!」と呟いた。
ごろ寝以外の誰にも聞こえないように。

やくざ映画も顔負けのすごい顔だった・・・。
だけどそのセリフは、ごろ寝にとって。
ちょっとした驚きだった。
彼は、ごろ寝の仕事が、
やっかいな仕事だとわかっていたのだ。

「すみません」
悔しさと恐怖の入り混じった気持ちで、
ごろ寝は頭を下げた。

しかしあの時、

私は、勇気を出して、こう言うべきだった。
怒りにまかせるわけでなく、
怯えていい訳をするのでなく、
ましてや得意がって説教するわけでなく、
ただ、当たり前に、普通に淡々と。

私はあなたの怒鳴り声と脅しによって、
精神的な苦痛を受けました。
「おめえがちゃんと仕事をしないからだろうよォ!」
とあなたは言うかもしれません。
たしかに私は、
あなたの満足するような仕事は出来ませんでした。
直接の原因がそうだったとしても、
そんな風に人を睨みつけたり、怒鳴り声で脅したり、
汚い罵りの言葉や蔑みの言葉を投げつけたり
勘ちがいと承知の上で、私のレポートを会議の席で、
叩きつけて、上司や部下の前でつるし上げたり、
そういうことは、
人間として、してはいけないことではありませんか。
権力を持った人間なら、なおさらでしょう。
もう、そんなことは、私で最後にしてください。


それなのに、私はただただ、怖くて震えながら、
あの職場から、逃げ出してしまった。
私は、自分に立ちはだかった障害から目を背け、
負け犬のようにこそこそと失せたのだ。

だから、いまだにその傷が癒えない。
その職場のそばを通りたくない。
気安かった部下とも会いたくない。
その駅で乗り降りするのもいやだ。

今頃気づいて、ここで後悔しても、
まさしく負け犬の遠吠えですよ。

困難には、勇気を奮って、
立ち向かわなければいけない。

肝に銘じる。





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