Dear Friend,Gentle Heart
2006/10/15  写真でワープ  思い出写真館

母校見学。
まあね、新しいところは、すばらしい、立派!
でも、やはり、思い出を探しますわね。
当時そのままの場所、
たくさん残っておりました。

空間ワープ入口付近↓

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空間ワープ出口付近↓

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化石使用現場↓(人物はホンモノです)

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ごろ寝活躍の場はここか、お外↓

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床だけ新しい。踏み抜いたか。しっかし、トホホな舞台
よ〜っくこんなところで芝居をやっていたもんだ・・・↓

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しかし、記憶に比べて、教室も講堂も廊下も、
なにもかもが、せっま〜い!

こんなにせまかったの!?

ごろ寝が、自由闊達に飛び回っていた場所なのに。
こんなせまいところだった?!
まあ、迷子は、空間のゆがみの所為とはいえ・・・・

う〜む・・・そういうわけか・・・・・・
どうりでさっき、みんな口々に、

「この学校には自由がなかった」と言っていた。

これじゃさ〜、窮屈だよね。
RょーこやAキカなんか、背が高いしさ〜

してみると、こびと だったのか、ごろ寝は!!?

せつなく、くるほしく、あほらしかったあの頃・・・
戻りたくても、戻れない、こびとだった、あの時代・・・

      


2006/3/25  法事  思い出写真館

父母の法事。

通り一遍のあいさつは、なんとかできても、
兄弟や伯父叔母と話すのは、たいへん。
話の仲間入りはまったく出来ないですわ。
それでも、私のことなんて、誰も気に留めない。
慣れっこですけど、さびしいもんです。

いまは小さい姪っ子がまとわり付いてくれるから、
なんとか間が持つようなもの。

ときどきゴロ妹に「みんななんで笑ってたの?」と聞いても、
「んにゃ?聞いてなかった〜モグモグ」って・・・泣
あ〜、ほんのりと、殴りたくなりますわ・・・

いっけね!
お経は何ですかと、質問するのを忘れたっ!

帰りに、M子叔母を見舞う。
姪っ子を連れて行ったら、大喜び。
すっかり元気を取り戻し、食欲も旺盛になり、
なんとか室内は歩けるまでに復活していた。
よかった、よかった、安心した。
息子・嫁・男の孫2人・ヘルパー2人に傅かれ、
「さながら西大后ですなあ!」と言ったら、
まんざらでもなさそうな笑顔、
家族がいるって、やっぱり幸せだなあと、
思ったことでした。
そういえば、M子叔母とだけは、ちゃんと
話が出来ますね!

叔母は、いつも私を抱きかかえるようにして、
話してくれます。
なんと!手話のように手も使ってくれます。
いくつか本当の手話も覚えてくれてます。
やさしいやさしい叔母です。

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姪っ子を送った帰り道、実家の向かいの椿の花。
母と仲良くしてくれた、お向かいのガラス屋の
おばちゃんの遺した木。
ガラス屋のおばちゃんが死んだときは、ごろ寝大泣き。
葬式で号泣する私を、少し離れた場所で母が見ていた。
好きなだけ泣けっていう態度ですかね。

父母が死んだとき、不思議と涙が出なかった。
大泣きが出来たのは、両親が健在だったからなのだ。
私は、甘ったれていたのだ。
椿を見て、そんなことを思いました。

2005/7/20  甲府のばあちゃんち  思い出写真館

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 春夏の休みには、よく遊びに来たよね。
私たちが、タクシーから降りると、ばあちゃんが、丹精した花畑の間の砂利道を出てきて、じいちゃんは、縁側にあぐらをかき、半身不随の身体をうんとのばして、自由なほうの左手を振って迎えてくれたよね。
私は、「おばあちゃあん!」と叫んで、走って走っておばあちゃんの前掛けに顔をうずめる大サービス!!
ちょっと独特に臭いんだけど、ぐっと我慢していたんだよ、
おしゃまだったでしょ?

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玄関の奥に6畳か8畳、縁側の奥も10畳はなかったと思う。
狭い風呂場と台所、それしかない小さな小さな祖父母の家。
この家は、ぼろぼろだが、まだ建っていた。
まだ、建っていましたよ、お母さん。




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