佐賀のがばいばあちゃん  

「がばい」は佐賀の方言で「非常に」の意味。
「がばいばあちゃん」ではホントはおかしい。
「がばいすごかばあちゃん」が正解。
なんてことはどうでもいい。
「やばいばあちゃん」みたいで語呂がいいし。

劇場公開のときに見損なっていたから、昨日のTV放送はありがたかった。
「郷愁」の視点で見たので結構ホロッときた。
あの時代のおばあちゃんはみんな気骨があったように思う。
「がばいすごか!」

脇役がよかった。
運動会に日の丸弁当しかもっていけない貧しい主人公に、先生たちが「おなかが痛くなっちゃったから君の梅干弁当と取り替えて」と自分の豪華弁当を渡しに来る。
また、いつもくずれ豆腐を求める主人公に、わざと指で穴を開けて「くずれ値段」にしてあげる豆腐屋のおじさん。
「治療費はおまけだ。バス代をもっていきなさい」というお医者さん。
『明るい貧乏』には福があるようだ。

「別れのときがきたら、おばあちゃんはさびしくなるなあ!」と冒頭からそんなことを考えながら見ていたが、案の定、最後はさすがのがばいばあちゃんも「行ぐなー」と叫んで泣いていた。
この淋しさ、辛さがよーく理解できる歳になってしまった。

佐賀といえば、かつていちばん取材しやすかった土地柄。
どの市町村へ行っても応対が親切で。
「今度はプライベートできてください」とあちこちで言われながら30年も経ってしまった。
祐徳稲荷のある鹿島市役所で西日本新聞社の記者さんからムツゴロウのパネルをいただいた。
それがこれ。
と、ここに紹介するはずだったが、みつからない。
現在家中を片付けているので近々紹介できるだろう。
それまで待っててね!

はなわが「かなしい佐賀〜♪」と歌っているが、私はそうは思わない。
佐賀県はとてもいいところだ。
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GW突入  

ですが、今年もGWは出かける予定もなくお片付けがスタートしました。
松居一代流を助言してくれた友人に対して『片付けるぞ』宣言した手前、GW明けにはなんとかすっきりさせたいものだと思っています。
せめて『お茶でもどうぞ』と言える家にしたい。
遠く離れた家族が帰ってきたとき安らぎを感じられる場所にもしたい。

タモリの歌ではないけれど、「きのうまでのガラクタを処分!処分!」。

ゴミがどれだけ出るのか今から楽しみです。
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桜道  さくら

八重桜が散り、桜の季節が終わりました。
学園通りの八重桜は10本にも満たないけれど、葉桜となったソメイヨシノの間からしばらくピンクの花をのぞかせてくれます。
若葉の緑とピンクのコントラストがきれいです。
4月の風に舞いながら歩道に散っていくとき、『桜坂』のメロディーが…。
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なんで?  

私たちってどんなことでつながってるの?
と、またまた疑念の会話。

保育園から高校まで同じところ、でもクラスメートでもないし家が近いということでもない。
ただお互いの存在はずーっとわかっていた。

「ひさこちゃんって素直な子だったっていう印象が強い」
「ひろこちゃんはフランス人形みたいでさ、いつもステキなワンピース着てたよね。お嬢様って感じ」
「reinちゃんは…(まあ、それはいいでしょう)何考えているのかよくわかんない不思議な少女だった!?」

前回も「なんでなんで」と絆を辿ってみたけれどわからなかった。
「いいじゃん、気が合うんだから」って結論付けて。

「親同士が付き合ってたから?」
「うん、それもある」
「あとさ、三人ともピアノ習ってたじゃん。先生は違うけど」
「あ、そうか。それが共通項だね、音楽つながり」
「ひさこちゃんは音大まで行っちゃったしさ」
「すごいよね、その道極めたって。尊敬!!」
「いやそんなことない、挫折も味わったし」
「私なんて、浪人させられないから音大二部でも入れちゃおって親が」
「ええっ!その道いってたら人生変わってたね」
「がり勉なのにぃ?」
「うちなんか国立しか受験させてくれなかったもん」
「ひぇ〜、厳しかったんだねえ」

「ところで、今度デユオでもトリオでもやる?」
「マジで?」
「うん、怖いものなし」
「団塊の世代のアレと一緒ね」
「エレキバンドの復活とか流行ってるもんね」
「そうだ、バンド組もう!」
「たぶんわたしたちならやれるかも」
「それはそうと『アルルの女』のスコアとってあるけど…」
「それって古くない?やったよね、たしか。小学校の器楽クラブで」
「みんなで再現したらおもしろいんじゃない?」

で、結論はどうなったかといえば、話があちこちに飛んでジャンジャン!
いつになったらおばばトリオが誕生することやら。


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青いバラ  

所用で有楽町に行ったついでに上野に寄ってカハクの「花」展を見てきた。

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目当ては「青いバラ」だったが、残念ながら撮影禁止。
絵葉書などもまったく売られていなかった。
なぜ?

バラにはデルフィジンという青い色素はない。
だからパンジーから遺伝子を取り出してバラに入れて蓄積させることにより青い花びらを作る。
サントリーとオーストラリアのフロリジニ社の共同開発でこの「青いバラ」を誕生させた。
青といっても薄紫系。
妖しい気品のあるおとなの色。
「ヒマラヤの青いケシ」(絵葉書中央)の青とも違う色。

これは買い求めた絵葉書です。
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チューリップその後  樹木・花

湘南順子さんに「かわいそ〜」といわれたわが家のチューリップですが、今が盛りです。
茎がしっかりしていないので、支えて撮影しました。
見てあげてくださいね!
健気なチューリップを。

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周平さんと和田さん  

昨日、藤沢周平に詳しい和田あき子さんにお会いして周平さんと地元との関わり情報をたくさんいただいた。
藤沢氏が大泉学園町に住んでいたことから大泉には「藤沢周平と大泉の会」という会ができて、和田さんは代表を務めている。
2号前のプチぶんか村のエッセイを依頼したときも、和田さんは藤沢周平について触れている。
そのぶんか村エッセイがきっかけかどうかはわからないが、このたびはじめて練馬区からオファーがあったそうだ。
5月に練馬公民館で講座をもつという。
600もの応募があったらしい。
和田さんは藤沢周平研究では第一人者だから、地元にはなくてはならない存在といえるだろう。
とても気さくで、魅力的な知的美人。
心も広い。(あやかりたい)
こちらの趣旨をすぐに汲み取ってくださる。
お会いした瞬間ファンになってしまった。
またお会いしたいと思っている。

和田さんに聞いて、藤沢邸のあった場所がハッキリわかった。
以前からキャベツ畑の向こうとは聞いていたが、思ったとおりだった。
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民謡歌手の原田直之さんのお宅の隣。
有名人同士が隣り合わせに住んでいたとは!

自宅からバス通りに出るまでに桜並木が見える…このエッセイを読んで、周平さんになったつもりでその位置から桜並木を望んでみると、いつもと景色が違った。
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来年はここからの「藤沢流花見」をしてみましょう。


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麦畑  

通り雨で濡れた麦畑を通った。
拙宅に近い児童公園の一角。

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麦畑といったらみなさんは何を思い出しますか?

私はこれ↓です。

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『一粒の麦もし死なずば』はフランスの小説家、アンドレ・ジッドの作品。
題は『ヨハネ伝』第12章24節のキリストの言葉、「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」に由来。

それからサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」も。
二十歳のころに読んだなあ、日本語で。

やがてライ麦パンを焼くのが得意なお母さんとなり、いまは「麦秋」という言葉(風景)が大好きです。

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