無名塾公演について振り返ってみる。観に来られた方はご存じだが、今回は『鋏』・『化粧』の二本立て。文字だけみる限り、えらい渋いタイトルである。
稽古は朝10時から14時までが『化粧』、14時から18時までが『鋏』の稽古時間である。
1時半頃をめどに塾に到着すると、稽古場の壁を突き抜けて、道路にまで声が響きわたる。『化粧』を演じた渡部晶子(わたなべあきこ)の声である。彼女は仲代さんも認める努力家であり、他の塾生誰もが認めるストイックな魂の持ち主である。彼女はこの作品の原作を読んで一目惚れし、自分からぜひ演らせて欲しいと今回自らエントリーしたのだ。
この芝居は大変な芝居である。一人芝居なので、セリフが膨大なのは勿論の事だが、『大衆演劇』という普通の演劇とは少し趣が異なる芝居の為、セリフまわしも独特で、身につける小道具も多い。着物、足袋、スネや手の甲に着ける、手甲。かつら。刀。そしてそれらを舞台の上で演技しながら装着していくのである。そしてタイトルにもなってる化粧。鏡はないのに、鏡があるかのようにメイクを完成させていく事がどれほど困難な事かは想像に難くない。
14時で『化粧』から『鋏』チームに稽古場が交代する際、時折彼女は泣いているのだ。何も演出の先生に怒られて泣いてるわけではない。自分で自分の芝居の腑甲斐なさに泣いてるのだ。
「あっちゃん、何も泣くことないじゃん。」
と声をかけても「でも…でも…」と嗚咽するばかりである。演出の林さんも
「渡部、全然泣く事ないだろ!よくやれてるよ。」
と励ますのに必死である。そして彼女は芝居の稽古が終わったあとも、稽古場に残り、鏡を見ずの化粧の稽古をしているのだ。完成したらすぐ洗顔して落とし、また顔に化粧を施していく。
彼女を見てると、僕は自分は芝居が好きではないのかな?と疑いすら感じる。芝居が好きというのは彼女のような事をいうのではなかろうかと。
彼女が女性だというのが実に惜しい!彼女がもし男に生まれていれば、間違いなく僕はブラボーの座長に彼女を紹介した事であろう。

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