『椿三十郎』がテレビで放送されていた。織田裕二主演、そしてその織田裕二の敵役に豊川悦司が出演した作品である。ご存知の方もいようがこの作品、四十年以上前の黒澤明監督の作品のリメイクである。そのオリジナル作品では織田裕二さんの役を三船敏郎さんが、そして豊川悦司さんの役をやったのが、無名塾塾長の仲代達矢である。
この作品の有名なシーンにラストの三船さんと仲代さんの一対一の決闘シーンがある。しかもこの決闘シーン、実はアクション振り付けがついていなかったのをご存知だろうか。実際の台本には
【この二人の闘いはあまりにも凄まじく筆ではとても書く事が出来ない。】
とだけ書かれていたらしい。黒澤監督も三船さんも亡き今、この事実を知る唯一の当事者の仲代さんに思い切って聞いてみた事がある。
「(僕)仲代さん!『椿三十郎』の決闘シーン、殺陣振り付けがなかった、と聞いたんですが、本当なんですか?台本には『とても筆で書く事が出来ない』としか書かれてなかったとか…」
「(仲代さん)ああ、本当だよ。そうなんだよ…。」
「(僕)でもそれって凄い事ですよね!?結局どうやってあのシーンが出来たんですか?」
「(仲代さん)あれはねぇ…その決闘シーンの撮影日の一ヶ月くらい前に、そう言われたのかな。だから他のシーンを撮影しながら一ヶ月間ずーっと考えてたよ。例えばトイレでおしっこしてる時も今、ふいに誰かに斬り込まれたらどうやって俺なら斬り伏せるだろうか、とかね。」
「(僕)もちろん、三船さんの方も仲代さんがどういう手で来るか分からない訳ですよね!?」
「(仲代さん)そうだろうねぇ。だから三船さんも三船さんで考えて一ヶ月、練習してたんだろうね。でさ、撮影当日、現場に行くと俺の衣装がぶわーっと四十着分重ねて置いてあるわけ。つまり四十回分NG出してもいいようにスタンバイされてるんだけど、こっちからすれば、なにをー!意地でも一発OK出してやる!って思ったね。」
「(僕、興奮してきながら)ふむふむふむっ!!」
「(仲代さん)でさぁ、助監督が僕と三船さんに言うわけよ。『三船さん、仲代さん、カメラが回ってスタートを言ったら20秒待って下さい。こちらが20数えますので数え終わったらお二方の呼吸で始めて頂けますか。』これだけだよ。指示は。『20秒後に始めて下さい』だけ。」
「(僕)じゃあ、20秒の睨み合いの後、お二方が繰り出したのがあのシーンて事ですか。」
「(仲代さん)もう、一発OKだよ!その日の夕食、祝杯ですよ!でもその席で黒澤さんがさぁ…」
〜
「(キャスト、スタッフ一同撮影のOKに盛り上がっている。)ワイワイ!ワイワイ!」
「(若き日の仲代さん)いやぁ!監督、お疲れ様でした!ほんとよかった!無事一発OKで!」
「(黒澤監督)いやぁ、仲代君…そのシーンの事だがね…」
「(一同相変わらず)ワイワイ!ワイワイ!」
「(仲代さん)は?何か…?」
「(黒澤監督)いや、後でよーくフイルム見たら……斬られた瞬間、一瞬だけど…君、目つぶってるんだよね。」
「(仲代さん)え…」
「(一同)しーん…」
「(黒澤監督)明日もう一回撮り直そうか!」
「仲代さんも含めた一同)しーん…)
「(仲代さん)…でも…監督…人間死ぬ間際、目ぇ、一瞬つぶるくらいは…するんじゃないですか……?」
「(黒澤監督)ふーん……。」
「(一同相変わらず)しーん…」
「(黒澤監督)………………………そうだね。やっぱりOKだっ!!」
「(仲代さん含む一同)ワイワイ!ワイワイ!ガヤガヤ…!!」

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