水の入った小さなグラス。そのグラスにほんの少し敷き詰められた砂利。そのグラスに一匹だけ赤い金魚。
どこだったろうか。どこかのホテルの朝食会場のカウンターの上にそのグラスは置いてある。オブジェとして分からなくもないが、やや閉所恐怖症の僕にはこの金魚が見てて苦しくなるくらい不憫に感じる。人間でいえば小さなエレベーターに…いや、個室トイレに一日中閉じ込められてるようなものだ。想像しただけでも息がつまる。
子供は『手に入れ』たがりである。だから少年時代、魚は捕まえるとバケツに、虫は捕まえると虫カゴに閉じ込めて、彼らの『自由』を自分のものにして満足していた。そんな僕に健吉さんはいつも
「逃がしちゃれや。」
言うのである。
「こいつらもこんな狭い所におったら辛いわや。逃がしちゃれ。」
言うのである。
え!?でもせっかく捕まえたのに逃がすなんて…。
そして今、僕は目の前の小さなグラスの中にある一匹のこの金魚をなんだか無性に逃がしてやりたいのだ。
(いくら魚のお前でも、友達も恋人も家族もいないたった一匹、こんな小さなグラスに閉じ込められちゃあ…頭おかしくなっちゃうだろうに…。)

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