電車に乗っている。電車は駅で停まる。ステッキをついた白髪の老人が乗り込んで来る。
「どうぞ!座って下さい。」
小学生であろう一人の少年が自分が座っていた席を老人に譲る。少年の横には少年の母親であろう。その少年の行為を誇らしげに見つめている女性がいる。 「【少年】どうぞ。どうぞ。」
「【老人】いや、結構ですよ。】
「【少年】いや、でも、どうぞ座って下さい。」
「【老人】いや、でも大丈夫ですよ。本当…」
「【少年】いや、でもわたしは若いですから、どうぞ…」
少年はその歳には似合わぬ背伸びした口調で必死に席を譲っている。
「【老人】大丈夫ですよ。本当、大丈夫ですから。」席を立ち上がったからにはもう後戻り出来ない少年は(どうしよう?)と母親らしき女性にアドバイスを求める視線を送るが母親も上手く応えられない。
ご老人!大丈夫かもしれないけど座ってあげようよ。席を譲るからには少なくとも車内では空席はないくらいの数の人がこの成り行きを見ているわけ!公衆の面前、あなたが座らないとこの親子はカッコつかないぜ!その好意の空気はさすがに読もうぜ!
老人はまだ座らない。
少年はまだ困っている。
「【老人】そこまで言うんなら……では…有難うございます。」
僕を含む車内の乗客と親子はささやかに救われた。

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