三十年近く前のとある日曜日の事である。
昼下がり。僕は週に一度の素敵な午後にまどろんでいる。僕の家は当時、高知市内のとある高台にあった。家にたどり着くには曲がりくねった坂道を登らねばならぬものの、家の庭からは高知の街が一望出来る。遥か遠くに見えるは高知の街のシンボル、高知城である。
「太郎君!自転車貸して!」
弟の陽介。ぐうたらな僕とは違い、陽介は活発である。この週に一度の素敵な時間を彼は外で友達と過ごすらしい。
「ああ、ええよ。気をつけて行って来いよ。」
と僕。
「有難う。ちょっと借りるわ!」
と陽介。陽介の口には一枚のサラダせんべい。こらこら、お行儀悪いのね。
意気揚々と自転車で駆け出した弟を僕は見送る。初夏の日差しの中、坂道を元気いっぱい下っていく弟の後ろ姿は僕を微笑ませる。
坂道の先はT字路。僕らはそこを左にきって下界に下りて行く訳だ。
あんなに大変な上り坂も下るのはあっという間だ。弟はみるみる小さく、T字路に吸い込まれて行く。
衝突。僕は自分の目を疑う。いやしかし、僕の目の前には確実にT字路の壁に衝突し、アスファルトの路上でのたうちまわる米粒ほどの弟、陽介。
「陽介っ!陽介っ!どうしたっ!」
一気に坂を駆け下る。黒のアスファルトの上に星屑のように無数に散らばったサラダせんべいが衝撃の凄まじさを物語っている。
「陽介っ!なんで…なんでカーブを左にきらなかった!?」
「うぅ…せ…せんべい…」
「せんべいがどうした?」
「……美味過ぎて…」
「!?」
「気がついたら…もう…目の前に…壁が…」
「陽介ぇーっ!」
おませな日曜日である。(?)

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