「どうですか?鎌倉さん!歌の調子の方は?」
同期の進藤が不敵に問いかける。高音部、低音部と分かれた今や、この男はもはや38度線を境に敵である。したがって『進藤さん』ではなく『進藤』と呼ぶ事にしている。
「もうバッチリですよ。」
と僕。小高い丘にそびえ立つ四層五階だった鎌倉城は今や、険しい箱根峠に連なる万里の長城と化している。野蛮な異民族とみなした高音軍はもはや指一本触れる事は出来ないだろう。元後輩で今や先輩になって久しい川村さんも訓練は充分そうだ。しかし念には念をいれて、川村さんとは距離を置く。さぁ!万全だ。
歌の時間が始まる!俺は新宿で走ってバスを止めた男だ。負ける訳がない、と訳のわからぬ自信を持つ。
《♪せんそうせんそう〜続くよ続く〜》
(フッフッフ…。)
《♪運も不運も引きずって〜》
(フッフッフ…フッフッフ。崩れる気がしない!もはや高音軍やぶれたりっ!!)
〜合唱後〜
「(進藤)あれ?鎌倉さん…。どうしたの?浮かない顔して。」
「(僕)え…あぁ…」
「(進藤)え?またダメだったの!?」
「(僕)いや!ほぼ完璧だったのよ!ほぼ完璧!ただ、ほんの一瞬!一瞬だけ!」
「(進藤)一瞬だけ、どうした…?」
「(僕)『給料ピンはね』の…」
「(進藤)どうした?」
「(僕)『きゅ』の音だけ…」
「(進藤)浮気したのか?」
「(僕)ほんの火遊びのつもりだったんだよっ!ひと夏の!」
「(進藤)高音部に浮気したのかっ!?」
「(僕)キスだけ!本当にそれ以上はしてないからっ!!」
「(川村さん)いやぁ、一瞬だけ高音部につられちゃいましたよ。」
「(進藤)もう1人いたか。」
「(僕)川村さんも誘惑に負けたの?」
「(川村さん)ほんの一瞬でしたけどね。」
「(僕)夏のせいだよ…。」
「(川村さん)え?」
「(僕)ぜーんぶ夏のせいさ!ひと夏の。」
「(川村さん)………………」
「(進藤)………………」
「(川村さん)……そうすね。」
「(進藤)おい。」
「(僕《スピードワゴンの小沢さんのハスキーボイスで》)もうすぐ夏が終わっちゃうね…徳井君!」
「(川村さん)そうすね。」
「(進藤)おいコラ!そこの二人。で、お前もいつから徳井君になった?」

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