下北沢駅。小さな劇場やライブハウスが沢山存在する、この演劇と音楽の街に僕が10月末からトレーニングに通い始めたジムがある。下北沢駅を降りた僕は携帯電話のゲームとにらめっこをしながらジムまでの道を歩いている。
「すいません。ちょっと宜しいですか?」
一人の警察官が僕の進路を遮った。最近の僕はどうやら警察官に何やら縁があるらしい。
「どちらに行かれるんですか?」
「ええ…この先のジムに…。」
「あ!あのジムですか。そうですか。すいませんが、そのバッグには何が入ってるか、見せてもらって宜しいですか?」
「バッグですか…。ええ……構いませんが…ジャージとか、タオルなんかが入ってますけど…。」
「ここだと通行人の邪魔になりますんで、ちょっと…道路脇の方まで来て頂けますか?」
警察官はバッグの中身を調べ始めた。程なく示し合わせたかのようにもう一人、警察官が駆け寄って来る。そして僕に身分証の提示を要求する。
「鎌倉…太郎…さんですね。これからどちらまで?」
「そこのジムまでですが…。」
「そうですか…えっと…これは…ジャージ…ですね。それと…タオルに…着替え…と…。これは?」
「筆箱ですが。」
「中身拝見しても宜しいですか?」
「ええ…どうぞ。」
「有難うございます。あと…これは…ハサミですか?」
「はい。ハサミです。」
「何に使われるんですか?」
「いや、特に…今はとかく具体的な使い道はないですけど、あればあったで何かと便利なんで持ち歩いてるだけです。」
「そうですか…う〜ん…」警察官は淡いブルーのメッシュの小物入れの中のハサミを疑い深く見ている。
「なんか、さっきからこのハサミがひっかかってるみたいですけど…何かマズイ事でもあるんですか?」
「えぇ…このハサミなんですがね…一応、刃物になるんで、軽犯罪法に触れるんですよ…。」
「ええっっ!!こんなハサミが!ですか!?」
ハサミと言っても、例えば華道や、裁縫なんかに使う大きなハサミなら分からなくもないが、このハサミはコンビニで買った、いわゆる、学校工作レベルのハサミである。しかも安全キャップまでついている。
「いやね…秋葉原の例の通り魔事件があってからというもの、刃物の取り締まりが厳しくなりましてね…これぐらいのハサミでも凶器にならなくもないでしょう!?」
「ハサミ持ち歩いちゃあ、マズイんですか。いや、それは知りませんでしたけど…。」
「お時間の方、大丈夫ですか?ちょっと署までご同行願えますか?簡単な調書だけですから。」
「署って?どこまで行くんですか?ここから近いんですか?」
「そうですね…ここからだとパトカーで15分くらいですかね…。」
パ、パトカー!?ちょっと待ってよ。
下北沢はこの国1番の歓楽街、新宿にも近い人通りの多い街である。
道路脇、二人の警察官に持ち物を検査されてる僕の前を沢山の人が疑わしい目つきで通り過ぎている…。


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