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旧三津坂隧道

2010/3/8 | 投稿者: キャプテンハヤト

 旧三津坂隧道

 当隧道は、明治29年に建設された。
 国の重要文化財に指定された旧天城隧道より8年も早く完成しており、伊豆半島でも最古級の明治隧道である。
 全長は、約170m、幅3.6m
 昭和36年に新トンネルが出来るまで、山越えの不便を解消して、地域住民の生活道として親しまれて来た。
 それから、文学歴史に於いても井上 靖の「しろばんば」、太宰 治の「斜陽」にも出て来る。だが、しばらくの間忘れさられ、木々に覆われて山へ返ろうとしていた。それを廃隧道マニアが発掘し、知る人ぞ知る隧道となっていた。それから徐々にインターネットで広まり、市のNPO法人などが、地道な整備に取り組んだ。



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 こちらは新三津坂隧道

 県道17沼津土肥線を香貫方面から戸田方面へ南進し、淡島マリンパークを過ぎ、交差点を県道130伊豆長岡三津線へ左折して少し行った山の中に在る。





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 今来た道を振り返ると、桜が綺麗に咲いている事に気づいた。





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 そして、トンネル手前に脇道があるので、そこから徒歩で行く。

 



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 直ぐに「ウマ」が設置してあり、車両進入禁止となっている。
 
 隧道は、どの位先にあるのだろう?

 



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 しばらく行くと左手に石段があった。

 上に何か石仏の様な物が確認出来る。





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 石段の左手に石碑みたいな物がある。観てみよう。「南無阿弥陀仏」と掘ってある。

 お墓があるのかもしれない。

 上がってみよう。





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 あ、やっぱりお墓だ。失礼します。





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 だいぶ前に探検したので、気憶が薄れて来ているが、江戸時代位の古いものだったと思う。

 こんな淋しい場所にポツンとお墓がある。

 この辺りの地主か隧道建設者の墓かもしれない。

 道の少し先に軽トラックが駐車しており、木々の伐採をしていた。
 「ウマ」で閉鎖してあったが、退かして入って来たのか?
 もっと上に畑があるらしい。地主さんかな





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 良い雰囲気の廃道だ。

 新道は、車でスイスイ抜けられちゃうから、実感が沸かないが、峠なんだな。
 続く>>
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