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廃祠(ミニミニ廃墟)

2012/8/19 | 投稿者: キャプテンハヤト

歴史系廃墟/祠の廃墟
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 新興住宅地の一角に長い間管理されていなく廃墟となっている祠があった。
 近隣住民に聴くと「新興住宅地になり、祠を管理する人が居なくなり、廃墟となっている。」との事だった。




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 家の壁が崩壊している。まさしく廃墟である。
 真夏の炎天下に水も供えてもらえない観音様、何だか可哀想だ。




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 何年放置されているのだろう。
 生活道路沿いにあり、住民が行き来しているが、誰も見向きもしない。(帰り際、水を供えて来ました。)




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 誰が置いたのか、人形があった...廃人形、ごみも一緒に..




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 祠の左側にある石塔の様なものは“寛政八歳次丙辰冬十月日”(かんせい はっさい 次 ひのえ たつ ふゆ じゅうがつび?)と彫られている。
 寛政とは、1789年−1800年頃までの期間を指す。ので、その時代の物だろう。




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 右側の石碑は「昭和八年四月 馬頭観世音」と彫られている。
 「馬頭観世音」と言う文字だけ彫られている碑は、馬の供養のためのものとの事。

 馬頭観音は、六観音の一つで、忿怒相(怒り顔)をしており、馬頭明王とも称され、菩薩類より明王類に分類されることもある。
 一般的、民間信仰では、馬の守護仏としても祀られるのだが、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされる。




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 だが、当該観音をよく観てみると、忿怒相をしていなく、優しい顔をしているので、馬頭観音ではない可能性があるのが不思議である。左側の石塔もよく分からない。
 おそらく、宅地整備のため、そこに散らばっていた石仏などを、一纏めにし安置したのかもしれない。


 そして、しばらく行った先の林内にも、もう一つ祠の廃墟があった!
 こちらは、相当傷んでいる。

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 さっきの祠より迫力がある..




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 神様もこうなるのか...




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 二社まつられていた様だ。
 残留物が無かったので、詳細不明だが、何も無かった事を考えると移社したのだろう。




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 「楽しかった夏休み、長い様であっと言う間だったな
 ふと側にあった植物を見た、秋が迫っている感じがする...ENDLESS SUMMERでいてくれないかな、と思った。」

*)郷土研究や歴史ファンの知り合いがいるので、この様な記事を書いてみました。^^
2012/08/19ハヤト、木村
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