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第二海軍技術廠 海軍技術研究所 音響研究部

2015/9/29 | 投稿者: キャプテンハヤト

 東京都目黒恵比寿にあった「海軍技術研究所」の一部門である“音響研究部”が昭和16年12月(1941年)に沼津市下香貫に移転されました。
 広大な研究所で、空中、水中聴音機、潜水艦探知機、音響爆雷、魚雷、地中マイク等の兵器の開発、生産を行っていました。
 レーダー以外に人間魚雷の研究も行われていた様です。
 海軍軍人、軍属は元より、多い時には、微用工員や学徒動員、女子挺身隊等、10000人が働いていたそうです。

 空襲が激しくなって来たため、被害を避けるべく、作業工場を疎開させる事となり、1945年7月頃、伊豆石を切り出した大丁場群の跡に疎開させました。

 地下工場に転用した石丁場跡は、広大で、計約3000坪あるそうです。

 数か所在る工場の中で、当現場(第二工場)の出入口は、深い縦坑なので、道具がないと下りられず、準備して、仲間と下りました。


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 工員宿舎跡

 戦争体験者氏からも穴の入口(工場出入り口)に”宿舎の様な建物が在った、その後蜜柑畑になっていたが、止めて、廃畑になっていて、蜜柑の木が伸びてしまっている、そこを抜けた先に穴がある”とおっしゃっていたので、ここがそうでしょう。

 古い瓶やバケツが放置してありますが、蜜柑畑だった頃の物でしょう。


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 水溜まりがあります。湧き出しているのでしょうか。
 池か井戸の跡かと察し、付近を調べたら、この上に井戸の様な物を発見


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 相当古い物で、大きく、石を刳り抜いて作ってあります。
 所々に穴も開いており、蜜柑畑用、戦時中に設置したと言うより、石丁場時代に使われていた物かもしれません。


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 宿舎の基礎部分は伊豆石が積まれています。

 成長した木が、終戦から長い年月経っている事を教えています。


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 内側ですが、かつて建物があったので、平らになっています。

 こう言った場所が三箇所程在ったので、宿舎は三棟ほど建っていたのではないでしょうか。


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 基礎に沿って、かつて道だった痕跡があります。


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 工場出入り口


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 後方を振り返ると、正規の道だった跡があります、今は入る気がしないほど木が生えてしまっています。


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 穴を覗いて観たところ、身震いしました。
 素手ではとても下りられず、落ちたらアウトです。


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 穴を見ながら、指を咥え、この穴に入ってみたい観察したいと強く感じました。(ヘンタイ)

 一旦バラシにし、後日態勢を整えて、アタックをしました。
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