合衆国の片隅で

アメリカ中西部暮らし、ホワイトコリーのいっぽを迎えて2人と2頭になりました。

 

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合衆国の片隅で 旧館(2004年7月〜2006年2月14日)」はコチラ

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2001年。9.11から1ヶ月。米軍の報復攻撃が始まった頃、当時、それぞれ11歳、10歳、7歳の子どもたちを連れてガラガラの飛行機でアメリカに到着しました。今では、子どもたちは全員独立。ニンゲンは夫婦2人になりました。 2002に迎えたコリーのクッキーは12年我が家の中心で活躍したあと、虹の橋へと旅立ちました。2004年、パピーミルの悲惨な環境からレスキューされたHopeは縁あって我が家のプリンセスになりましたが、2年7ヶ月後お空へ。その後レスキューされて来たシェルティの元?問題犬うぃるちことWillと、2013年にやはりパピーミルで使われていた被虐待犬のいっぽと暮らしています。

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投稿者:TAMA
☆ゆかさん、いろいろお世話になりました。え?そうだったけ…って、今読み返すたら壮絶です。ここまでの噛み犬だったことなんて忘れていました。これはすごい。
それだけに絆が強かったんでしょうね。久しぶりにこんなに泣きました。
投稿者:TAMA
☆シナモンさん、とうとう逝ってしまいました。今頃クキさんほぷさんと合流できているのかな。立派でした
投稿者:mufmuf
うぃるち お疲れ様でした。あなたは本当に幸せな人生でしたね
随分前にコメントさせて頂いた者です。
朝からさめざめ涙が止まりませんでした。
2016に16年間のアメリカ生活を閉じ東京からこっそり応援してました。彼が逝ってしまってなんだか私のアメリカがまた終わってしまったなぁと1時代が幕を引いた様な気持ちになりました。みんなを預けていたペットホテル?の見守り隊をしたのがついこの間の様に思い出されます。あの頃うちの子も預けるならこういうところと必死に探しベイエリアにもシカゴにもみつからずガッカリしたものでした
時に暴れん坊将軍の様だったうぃるちの旅立ち
お辛いことでしょう。
ご家族のみなさんの心が穏やかであられますように
投稿者:chie
大晦日にシャンプーしてもらって綺麗になって旅だったんですね。最後は何もかも立派なうぃるくんでした。
お家でみんなの中で。が一番幸せです。本当にそうです。
うちの猫は入退院くりかえして長患いさせて、
急変した日に病院へかけこんで可哀想なことをしました。
血糖値と体温低下だから一日入院で帰れるといわれたのに電話ですぐ来てくださいになり、駆けつけたら酸素を口に入れられてむりやり生かされているその姿にワンワン泣いてしまいました。
最後の姿をどうしても思い出すからお家にいるのが一番です。

うぃるくんは虹の向こうで姉兄が待ってるし寂しくないね。
いっぱい笑わせてくれて楽しかったよありがとう。

投稿者:ゆか
うぃるちが来た当初のことを思い出します。
TAMAさんご一家のご努力とともに。
見放さず、ずっと大切に一緒に奮闘されていたご一家とうぃるちの様子を拝見し、頭が下がるなんていう簡単な言葉では言い表せないものがありました。

うぃるち、本当にお疲れ様でした。
幸せだったね。

クッキー君とホープちゃんと仲良く楽しく過ごしてね。きっとほぷちゃんとも意気投合できるはず・・・。

あっぱれな最期ですね。
うちの子たちにも見習ってほしいです。

お疲れ様・・・
投稿者:シナモン
ウィル君亡くなりましたか・・・合掌

TAMAさんの処に引き取られて幸せでした、最後看取ってもらえて、本犬も満足しているでしょう。

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