「『友達の数は何人?』(ダンバー(著)・藤井(訳))」
自然科学・工学・医学
『友達の数は何人?』
ロビン・ダンバー(著)
藤井 留美(訳)
2011年
インターシフト
☆☆☆☆☆
Dunbar, R., "
How Many Friends Does One Person Need?", 2010.の翻訳。サブタイトルは「ダンバー数とつながりの進化心理学」。
僕が著者の名前を初めて知ったのは、(日本の大学の先生が日本語で書いた)2000年頃に出版された社会心理学の大学向け教科書の中でだった(著者は「行動生態学者」と紹介されていた)。その著者が、著者自身の名を一躍有名にした「ダンバー数」を引っさげ、一般向けの本を出したという。興味を引かれ、さっそく本書に手を伸ばした。
これぞ、博覧強記の現代のルネサンス的教養人! 著者のロビン・ダンバーは、イギリスの(広い意味での)進化生物学者で、心理学、人類学、比較認知脳科学(?)、等の交差する境界領域で活躍している現役バリバリの科学者だ。同時にサイエンス・ライターでもあり、本書も、1994〜2008年までの間に一般誌に連載されていたポピュラー・サイエンスの記事を元に構成されたもの。ダーウィン進化論をバックボーンとして、話題を著者の専門領域に限定せず、広く「人間らしさとは何か」について多面的に語りかけてくる(著者の専門が人類学であることもあり、ヒトと他の高等霊長類との比較の話も多い)。
全20章構成。全体が4部に分かれているが、このパート分けにはあまり意味がないように思う。各章9〜14ページと短めにまとめられているが、あまりのテーマの広さ、紹介される研究知見の多さに目が眩んだ。これ本当に「一般向け」に書かれた本なのだろうか!? 紹介されている話は、進化生態学、進化心理学、等の「進化○○学」系の研究者や大学院生には知られた話が多く、気楽に読める読み物として楽しめるだろうが、この分野に不慣れな「一般読者」にはキツいかもしれない。本書と並行して、名著の誉れ高い『脳のなかの幽霊』(ラマチャンドラン・ブレイクスリー 1999年 角川書店)も読んでいたのだが、欧米の「一般向け」科学書のレベルの高さには驚かされる。表紙だけ見ると、子供向けの易しい本に見えるだけに注意が必要。とてもお気楽に読み始められるような本ではなく、面喰う読者も多いだろう。
1冊を通して著者の考えを論じていく、という趣旨の本ではなく、まさにポピュラー・サイエンス、科学読み物である。各章ごとにテーマが定められ、関連する話題が提供される。これがまた信じられないほど広い範囲、ありとあらゆる学問領域の知見が次から次へと繰り出される。おそらく世界最高のサイエンス・ライターが、大学院でされているような話を縦横無尽に語ってくれるのだ。それがたった1680円で手に入るとは! この辺り、知的エンターテイメントを求めるサイエンス好きにはたまらないだろう(ただし、最も古い章は90年代半ばに書かれたものであるなど、最新知見を紹介する本ではないため、取り上げられている話題そのものは特に目新しいものではない)。
大雑把に言ったとして、進化論はもちろんのこと、脳科学、神経科学、分子遺伝学、生物学、古生物学、考古学、生物地理学、歴史学、言語学、文化人類学、形質人類学、心理学、組織論、環境科学、等々といった学問分野と関連し、取り上げられるテーマとしては、ダンバー数、社会的知性、血縁関係、共同体、民族、人種、性、言語・方言、ゲノム・遺伝子・DNA・性染色体、脳内化学物質・ホルモン、免疫システム、遺伝子-文化共進化、繁殖戦略、単婚・多婚、恋人探し、気候モデル、絶滅危惧種、知性・IQ、心の理論、動物の文化、宗教・信仰・道徳、物語、音楽、笑い、芸術、進化論論争…、等々。僕が「目が眩んだ」という意味がわかってもらえるだろう。大学の先生なら、授業で使えるちょっとした小ネタ探しに重宝するかもしれない(これで1680円はやはり安い!)。
著者の筆致は軽く、軽々と学問分野の境界を越えていく。文章に勢いがあり(翻訳も素晴らしいと思う)、目の前で語ってくれているような臨場感がある(こんな「サイエンス・カフェ」が催されていたら、至福の時となるに違いない)。実は1つの章の中で、同一テーマでもサッと話題が変わっていることがあるのだが、注意して読まないとそのことに気づかないほどだ。ただ、著者の視点は一貫しておりブレることはないが、基本的に読み切りの各章を寄せ集めて1冊にまとめた(だけの)本なので、終盤ちょっとだけダレているような気もする。ただしこれは、著者がイギリス人で、欧米人の感覚で宗教や道徳について述べているせいなのかも。僕自身は宗教や信仰とは無縁の人間なので、ピンとこなかっただけかもしれない。時として著者の口調はシニカルで、この辺りにも欧米の知識人風味を感じた。
ちなみに、「ダンバー数」や人と人との「つながり」にだけ焦点を当てた本ではないので、「ダンバー数とつながりの進化心理学」というサブタイトルはミスリーディングかと思う(と言うか、『友達の数は何人?』というタイトルそのものがミスリーディング。オリジナルタイトルがそうなので仕方がないが…)。また、「解説」によると、「原著の章立てを再構成し、二章分割愛している」とのこと。
本文240ページ程度。

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