『IQってホントは何なんだ?―知能をめぐる神話と真実―』
村上 宣寛(著)
2007年
日経BP社
☆☆☆
心理学者による100年に渡る「知能」研究について平易に解説・紹介している本。心理学に興味のある大学1〜2年生向け、といった印象だが、一般向けの読み物としても面白いのではないか。サブタイトルは「知能をめぐる神話と真実」。
数年前に読んだ同じ著者による『
「心理テスト」はウソでした。』(村上宣寛(著) 2005年 日経BP社)が痛快で、本書が刊行されてワリとすぐに買っていたのに、数年間「積読」状態だった。ようやく読んだ。
全10章構成。実際に考えてみるとわかるが、「知能」とは意外と悩ましい概念である。「知能とは何か」を定義しようにもすぐに「何を知能と呼ぶ(ことにする)か」という(正解のない)概念化の問題にぶち当たってしまうし、「それをどう測るか」という測定の方法論によって「知能」は異なる姿を見せる。明確に定義された「知能」を様々な方法で測定する、というのではなく、そもそも「知能」という概念は「測定方法」と表裏一体のものなのだ。本書の前半(第1章〜第5章)では、こういった「知能」のもつ本質的な悩ましさを心理学者たちがどのように扱ってきたのかを歴史を振り返りながら概説していく。後半(第6章〜第10章)では、老化による知能の衰え、遺伝的影響の大きさ、人種差や性差、(そして何と言っても!)知能が高いほど仕事もできるのか!?といった、研究者でなくとも興味をもつような様々なトピックを取り上げている。
全体として見て、本書は「(現時点での)知能に関する心理学研究の総まとめ」といった印象(大学の心理学の授業の配布資料をまとめた本、という雰囲気もある)。「心理学概論」の授業で「知能」について教えることになったとしても、(90分の授業1コマ程度なら)これ1冊あれば何とか付け焼刃で誤魔化せるのではないか!? ただ、著者は「科学としての心理学研究」に対するコダワリが強く、言えもしないことは絶対に言おうとはしないので(こんなことは研究者としては当たり前のことだが、一般向けの本を執筆する際にはそうでなくなってしまう「研究者」も多い)、「知能」に関する過度に単純化された「結論」が示されるワケではない。また、心理学研究によって明らかになった「知能の構造」を踏まえた人間理解とはどのようなものなのか、知能テストの成績やIQといった指標を日常生活でどう活かすことができるのか、といった議論は展開されていない。こういった点をもの足りなく感じる読者もいるだろう。
360°ありとあらゆる人間を罵倒していく『「心理テスト」はウソでした。』と比べると、過激さはかなり控えめ(笑)。ただ、著者としては坦々とした記述を心掛けたツモリなのかもしれないが、時折顔をのぞかせる毒気がかえって「ひがみっぽい」印象を本書に与えてしまっている。著者の不機嫌さは理由のないものではないのだが、それを読者にぶつけられたのではかなわない。著者の皮肉には度々興醒めした。内容自体は面白いので、その点を残念に思う(似たような印象の本に『
なぜプログラミングができないのか』(羽山博(著) 2006年 オーム社)がある。京大で心理学を専攻するとニヒリズムに陥ってしまうのか!?)。また、流れるような口語体ではなく、理工系の大学教科書のようなぶっきら棒な叙述スタイルなので、実験心理学系の知識の全くない読者には不親切に感じられる箇所もあるかもしれない。
内容は完全に心理学書なのに、本屋や図書館では何故かビジネス書のコーナーに並んでいることが多い(出版元が日経BP社だから?)。私としては、本書も『「心理テスト」はウソでした。』も心理学のコーナーに末永く並んでいて欲しい良書だと思うのだが…。『「心理テスト」はウソでした。』は文庫化されたが(ただし、既に絶版になっている模様)、本書は文庫化・新書化されていないようだ。新書にでもなれば手頃な良い本なのにな、と思う。
著者も述べているように、「知能」に関するちゃんとした心理学書は意外と少ない。ところが、心理学という学問分野においてある概念がどのように扱われてきたのか、またその概念が一旦社会に出てしまうと(研究者の思惑を越えて)どのように使われて「しまう」のか、という問題を考える上で、「知能指数」や「知能テスト」というものは絶好の題材なのである。既に絶版になってしまっているが、『知能指数』(佐藤達哉(著) 1997年 講談社)も機会があれば読んでみたいと思っている。
本文210ページ程度(他に統計に関する補足が20ページ程度)。

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