「『男女で違うメタボとコレステロールの新常識』(田中裕幸)」
自然科学・工学・医学
『男女で違うメタボとコレステロールの新常識』
田中 裕幸(著)
2008年
廣済堂出版
☆☆☆
「健康人新書」の「011」。「メタボ健診」が開始された年に刊行された、脂質異常症・高脂血症と動脈硬化の関係に見られる「性差」についての本。「メタボの常識」「脂質異常症・高脂血症治療の常識」みたいなものを持っている読者(患者)を対象としているようで、全く知識のない読者にはピン!ときづらい内容かもしれない。
全6章構成。脂質異常症・高脂血症の診断ガイドラインの問題点、総コレステロール値が高いことが問題なのは男性だけ、女性こそメタボに注意、魚を食べよ、女性にはスタチン系薬剤よりフィブラート系が有効、といった内容。新書としても薄め、1ページ当たりの字数もそれほど多くないので、脂質異常症・高脂血症関連の用語の意味をわかっている読者にはサッと読める1冊。内容的に、女性読者を念頭に置いている印象。
脂質異常症・高脂血症の治療において、男性と女性に同じ基準を用いるべきではない、というのがメインテーマ。確かに、そもそもメタボ健診というものは自身の健康問題に無頓着な(それ故、心筋梗塞・脳梗塞で倒れがちな)中高年男性をターゲットにして始まった、という印象はある。著者に言わせれば、脂質異常症・高脂血症の病態と動脈硬化の進展の関係には性差があり、男女で重視すべき検査値も異なれば、治療方針も異なるべき。男性向けに作られた基準を女性にただ当て嵌めるのは不適切であると言う(薬を飲む必要のない「患者」に薬が与えられ、本当に治療の必要な者が見逃されてしまう)。著者はそこに、製薬業界と学会(日本動脈硬化学会)との不適切な結びつきの匂いを嗅ぎ取っているようだ。
第2章・第3章の内容はマトモなのに、最初と最後(「はじめに」、第1章、第6章、「おわりに」)がダメな感じ。これは編集方針が悪いのではないかと思うのだが、日本動脈硬化学会やその「動脈硬化性疾患予防ガイドライン」をやり玉に挙げる「告発本」的な味付けをしない方が良かったのではないか。そういった「告発」パートは全体的に言葉足らずで、著者が当然のように「オカシイでしょ」と書くことが何故オカシイのかよくわからない。脂質異常症・高脂血症関係の他の本を読んだことがあれば、著者の言い分もそれほどオカシくないことはわかるのだが、そういった経験がないとキツいのではないか。そういう意味で、非常に「惜しい」本だと思う。正しいことを言っているのだとしても、読者にそう感じさせるだけの説得力がないのだから。
疫学調査結果の見方にも疑問を感じる。僕自身が医療統計の見方・考え方というものを全く知らないせいもあるのだろうが、どうも腑に落ちない。人間を相手にした統計調査では、調査対象者の属性やバックグラウンドは実に様々。項目間の相関関係を見るにしてもなるべく偏相関を見た方が良いだろうし、個々の項目の効果については重回帰分析的な見方をしないといけないと思うのだが…。どうもそういう発想がないか、あったとしても不充分なように思う。
ところで、メタボ健診でメタボリック・シンドロームの該当者やその予備群を探すのは、脳血管疾患・冠動脈疾患(日本人の死因の2位・3位)のリスクの高い人を見つけ出すため。メタボと3大生活習慣病(脂質異常症・高脂血症、糖尿病、高血圧)を放置していると動脈硬化が進み、それが脳梗塞や心筋梗塞を引き起こすからだ。ただ…、最近3冊続けて脂質異常症・高脂血症の本を読んでみて感じたのは、動脈硬化の進行具合を判定するには、メタボ健診の検査値を気にするよりも「頸動脈エコー検査」を受けた方が話が早そう、というもの(「人間ドック」等のメニューにはあるようだ)。本書にも多くの例が出てくるが、メタボ健診の検査値はそれほど悪くないのに、驚くほど動脈硬化が進んでいる、という場合があるようだ(本書の印象だと、女性にそういう例が多いように思う)。逆に言うと、動脈硬化がそれほど進んでいないのであれば、検査値の浮き沈みに一喜一憂する必要はあまりないのかもしれない。費用はかかるが、気になる人は受けてみると良いのではないかと思う。
本文160ページ程度。

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