『遺伝子で探る人類史――DNAが語る私たちの祖先――』
ジョン リレスフォード(著)
沼尻 由紀子(翻訳)
2005年
講談社
☆☆☆☆
講談社ブルーバックスB1491。
John H. Relethford, 2003, "
Reflections of Our Past: How Human History is Revealed in Our Genes", Westview Press.の翻訳。ただし、全10章のうち第9章と第10章は翻訳において内容が簡略化されているとのこと。
著者の専門は「人類遺伝学」だそうだ。何だそりゃ、というのが正直なところなのだが、遺伝データを用いて研究を行う人類学者、という印象を受けた。
本書のテーマは、タイトルの通り「遺伝的データで人類史を探り出す」こと。前半では、ネアンデルタール人からホモ・サピエンスへの進化の過程に焦点が当てられている。後半では、北東アジアからアメリカ大陸への、また、東南アジアからポリネシアへの人類の拡散、アジア南西部からヨーロッパへの農耕の普及、遺伝的祖先と文化的同一性、等のトピックが取り上げられている。
「本書の狙いは、人類学者と遺伝学者が遺伝的データをどのように用いて人類史を探求するのか、興味深く特有なその手法を示すことにある」と第1章にある。著者は、研究によって探り出された人類史を単に紹介するのではなく、読者を研究の現場に招き入れ、読者と一緒にそれを探り出そうとする。対立する仮説を整理し、関連するデータを探し、そこから可能な結論を論理的に導いていく、地道で忍耐強い科学者の思考そのものが記されているように思う。科学というものの営みがよくわかる。科学の現場における論理的推論の実例が満載で、それを追うだけでも(巷に溢れる「科学入門」「論理トレーニング入門」の類の本を読むよりも)勉強になるのではないかと思う。DNA等の遺伝データを用いた研究によって何がわかり何がわからないのか、その限界も自ずと見えてきて、科学的に誠実な本という印象も受けた。
翻訳された日本語の文章は非常に読みやすいが、内容的に言って待合室で読む軽い本ではない。むしろ、常に論理的思考を働かせながら読むことを求められる。ただし、あくまでも一般読者を対象に書かれていて、論理的推論の流れに関してはかなり丁寧に記述されている。逆にそのことで、新書としては紙数も多く価格も高めの設定になってしまっているのだが(第9・10章の内容が簡略化されているのも、紙数の都合)。
実は、DNA研究者というと「遺伝子配列さえ解明できれば、全ての謎を解き明かすことができる」的な不遜な態度を持っている人達、というような偏見を持っていた。本書を読んで、そういった偏見は払拭された。私が著者のことを「遺伝的データを用いて研究を行う人類学者」と表現したのは、彼が見ているのが遺伝的データそのものではなくて、それを通して見えてくる人間だからだ。
ところで…、「翻訳調」という言葉があるくらい、一昔前までの翻訳された日本語というものはどれもこれも皆酷かったように思うのだが、ここ1年間で読んだ本でこりゃ酷いと思った本なんて1冊もない。これは翻訳の上手な日本人の増加を意味しているのだろうか? それとも日本における翻訳者の地位向上を意味しているのだろうか?
本文約280ページ。

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