2010/2/26  23:50

「Faces of America」その2〜二人のスティーブンとジャガイモ飢饉  スティーブン・コルベア

アメリカのPBS(公共放送)で放送中の番組「Faces of America」のご紹介のつづき、アイルランド編。(その1は2月23日のエントリー。)

http://www.pbs.org/wnet/facesofamerica/

(番組を見るには、右側のScheduleのところから「Watch the first episode now」「Watch the second episode now」をクリック。)

・スティーブン・コルベア Stephen Colbert (コメディアン、アイルランド系)episode2: 4:20頃〜、6:50頃〜、18:30頃〜、26:30頃〜、49:00頃〜

アイルランド系の代表として登場するスティーブン・コルベアは、先祖を辿るまでもなく、彼自身がけっこうスゴイ家庭の出身です。なにしろ、彼は11人きょうだいの末っ子なんですから!そう、この子供の多さで分かる通り、敬虔なカトリックの家庭の出身です。

スティーブンには兄が7人、姉が3人いたのですが...彼が10歳の時、お父さんが彼のすぐ上のお兄さん二人(16歳と14歳)を連れて大学を見学に行きました。その時、3人が乗っていた飛行機が墜落して、お父さんと二人のお兄さんは亡くなってしまったのです。それが1974年9月11日の話。


その時には、上の8人のお兄さん・お姉さんはもう独立するか大学に行っていたので、両親と10代の男の子3人のにぎやかな家庭が、いっぺんに母ひとり子ひとりになってしまったのでした。

以前のインタビューで、この事が後にコメディアンになったことと関係あるかと聞かれて、スティーブンは「関係ないと思うけど、母を笑わせたいと思ったことは確か」と答えています。「でも、なかなかうまくゆかなかった。1年ぐらい経つまで、母は全然、笑ってくれなかった。」

Awww、スティーブン(涙)...

この番組には、スティーブンの子供の頃の映像や(めっちゃ可愛い。こんな末っ子がいたら、家族中で可愛がりまくりですな)、家族そろった写真、お母さんの若い頃の写真がちらりと出てきて、ファンの私としては目を皿のようにして見てしまうわけですが。若き日のお母さん、スティーブンのお母さんだから当然美人だろうと思っていたけど、いややっぱりお美しい。

その美しいお母様(現在89歳、ご健在です)の先祖にあたる、ある女性の話が出てきます。ゲイツ博士は、当時23歳のこの女性がアイルランドからアメリカに移住した船の乗客名簿を入手してきたのですが...乗客名簿に書かれた彼女の「船室」は、一等でも二等でもなく、「船倉(Storage)」。また、彼女に連れがいた形跡はまったくなく、ほんとうに女ひとりで、船倉の片隅で数週間船に揺られて、アイルランドからニューヨークまでやってきたわけです。

女ひとりで新天地を求めて大西洋を渡ったこのスティーブンの先祖のことを考えると...かわいそうとか悲惨っていうより、なんだか、ぞくぞくするようなロマンを感じるのですが...彼女が移民した状況を考えると、本人には「呑気なことを言うな!」って怒られるでしょうね(笑)。

なにしろ、彼女がニューヨークに着いたその2日後に、ニューヨーク徴兵暴動が勃発したのですから。

この暴動は映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」でも描かれていたもの。先住のイングランド系アメリカ人から激しい差別を受けていたアイルランド系移民たちが、南北戦争で北軍に徴兵されることに不満を抱いて起こした暴動です。背景には、奴隷解放に反対する人々が「奴隷が解放されたら、黒人たちが大挙して北部にやってきて、アイルランド系の仕事を全部奪ってしまうぞ!」と脅していたこともあるのですが...

船倉で何週間も我慢したあげく、新天地に着いてみればこの騒乱と暴力。抑圧を逃れてもうひとつの抑圧へ、差別を逃れてもうひとつの差別へ。でもスティーブンは、「当時のアイルランドがどういう状態だったか考えれば、それでも彼女は『まあ、良い所じゃない!』と思ったかもね」と冗談を言っていましたが。

彼女がどうしてアメリカに移民したのか...その理由は、まあ考えるまでもない。それは1863年、アイルランド史上最大の悲劇「ジャガイモ飢饉」の最中、または直後のことだったから。彼女は、まさに「難民」であったわけです。

アイルランドの「ジャガイモ飢饉」というのは、高校の世界史で習った覚えはないし、日本でどのぐらい知られているかちょっと見当がつかないのですが、これは1849年、アイルランドの農民が主食にしていたジャガイモが伝染病にやられ、何年も続いて壊滅的な不作になったのをきっかけとした大飢饉のことで、死者は100万人とも150万人とも言われています。

ジャガイモ飢饉と言えば、「アイルランドから多くの移民をアメリカに送り出すきっかけとなった」ということで知られていて、実は私も最初はそっちの方から聞いたのですが...もちろんアメリカに移民できた人々はラッキーなわけで、それ以上の人々がアイルランドで餓死したわけですね。死者100万とか言うと、前回ちらっと書いた文化大革命やホロコーストやスターリン粛清などと比べたら少ないようにも思えるのですが、当時のアイルランドの人口はせいぜい800万。人口の8分の1が餓死するという悲惨さは、まさに想像を絶します。

19世紀のアイルランドって言えば、どうしたって私は、もうひとりのスティーブンのことを考えてしまいます。それはもちろん、パトリック・オブライアンの「オーブリー&マチュリン」シリーズの主人公の一人、ドクター・スティーブン・マチュリンのことなのですが。

スティーブン・マチュリンは、私の計算ではおそらく1770年頃の生まれなので、よっぽど長生きしたのでなければ、ジャガイモ飢饉の頃にはもう亡くなっていたと思います。スティーブンには長生きしていてほしいのはヤマヤマですが、これを見ずに死んだのなら、むしろその方がよかったんじゃないかとさえ思ってしまう。(あ、「どうせ架空のキャラでしょ?」という突っ込みは、私には通じませんので悪しからず。)

なぜなら...ジャガイモ飢饉について知れば知るほど、これは単なる作物の不作による自然災害ではなく、英国政府による人災ではないかと思えてくるからです。これを見ちゃったら、イングランド人であるジャック・オーブリーとスティーブンの友情は続いたはずはないと思ってしまうのです。いや、そうでなくても、ナポレオンという共通の敵がいなくなった後は、英国のアイルランド政策が二人の友情の亀裂になった可能性は高いかも。それを考えると悲しい気持ちになりますが...

当時のアイルランドには、オブライアンの小説にも出てくる「刑罰法(penal law)」というのがありまして、カトリック教徒は土地を持つことを認められず、馬さえ所有できなかったそうです。スティーブン・コルベアの先祖も含め、ほとんどのアイルランド人は自分の土地を持たない小作農だったわけです。

スティーブン・コルベアの母方の先祖のうち一家族は(この番組では父方・母方公平に辿っているので、時代を遡るほどに先祖は多くなる)、アイルランド南西部マンスター地方のリムリックに住んでいたそうです。でも残念ながら、ゲイツ博士がリムリックに渡って調べても、彼の先祖の痕跡はほとんど辿ることができなかったそうです。近代以前のヨーロッパ社会では、洗礼式・結婚式・葬式などを通じて、人の記録は教会に残っていることが多いのですが、アイルランドのカトリック教徒は宗教活動そのものを禁じられていたため、人の記録が消えてしまっているのですね。

オブライアンなどを読んでいてよく感じるのですが、英国人って、なんでも細かく記録に残すのが好きな人々です。例えば、この頃の帆船がイギリスからインドに行くのに塩漬け肉を何樽乗せたか、乾燥豆を何ポンド乗せたかまで、調べればちゃんと記録されている。そういう国なのに、英国に併合されていた当時のアイルランドの人々については、人がいつ生まれていつ死んだかの記録も残っていない。「記録に残さない」という形の抑圧もあるのだなあ、と思いました。

さて、当時ヨーロッパで普通の主食だった小麦は、イングランド人の地主が召し上げてイギリスに輸出してしまうので、アイルランド農民たちは自分たちの栄養源として南米から入ってきたジャガイモを育てていた。でも、ジャガイモは比較的新しい作物だったので、アイルランド人たちは伝染病を防ぐために違う種類のジャガイモを混ぜて植えることを知らず、それが壊滅的被害につながったようです。

そして、飢饉が起こってからも、イングランド人の地主たちはアイルランドから英国への食料輸出を続けていました。何万人、何十万人もの人々がバタバタと餓死してゆく中で、彼らが小作農として働く農場から、大量の小麦や肉製品がイングランドへと運び出され続けました。

ゲイツ博士がスティーブン・コルベアに、当時のリムリックから英国への輸出記録を見せるシーンがあります。何しろ記録好きな国民ですから、スティーブンの先祖の記録は消えていても、そういうのは細かく残っているのですよ。「小麦粉4トン、ベーコン560樽、ラード1000樽...」などと読み上げながら、スティーブンの目の色が変わって、ゲイツ博士に「ぼくを怒らせようとしてます?(Are you trying to make it personal?)」と聞くところが、とりわけ印象に残っています。150年前のこの飢餓輸出の記録を読みながら、スティーブンが明らかに怒っているのがわかるから。

それだけでなく、この飢饉のために儲けた人々もいたということです。アイルランドを逃れてアメリカに渡る移民を運ぶ、英国の海運業者です。イングランドはアメリカ大陸からも食料を輸入していたのですが、アメリカ大陸に渡る船を空でやるより、往路も「積荷」を乗せていた方がお金になる。それが、スティーブンの先祖のような移民なのです。なにしろ、先ほどのスティーブンの先祖の女性のように、「船倉」の切符を買って乗る人が大勢いたのですから。

ゲイツ博士は、カナダから食料を輸入していたあるイングランド人商人の、英国議会での発言記録を拾ってきていました。「領地から貧民を一掃できる。このジャガイモ不作は、移民システムを確立するという意味では、またとない機会でもあるのです...」アイルランドをひどいところにすればするほど、移民ビジネスで儲けられる、というわけ。

この発言を読んでいるスティーブンの、今までにあまり見たことのないような鋭い表情を見ながら、ふと考えたのです。もしこれが現代の政治家の発言なら、彼は番組でどんなに辛辣に批判するだろう、どんな強烈な皮肉でおちょくるだろう、と...

そういえば先日、スティーブンの出身地であるサウス・カロライナ州のアンドレ・バウアーという副知事が、貧しい家庭の子供が学校で無料の給食を受けていることを批判して、「野良犬・野良猫にエサを与えるようなものだ。むやみにエサを与えると殖える。」という暴言を吐いて問題になったことがありました。(<現代の話ですよ、これは。)150年前の発言を聞いて、私はこの副知事を思い出したのですが...スティーブンはもちろん、この副知事の発言を痛烈に皮肉るセグメントをやっています。

The Colbert Report 2010/1/26
スティーブン:副知事はこれを、「比喩として言っただけ」と説明している。もちろんその通り!「野良犬・野良猫」は「貧しい子供たち」の比喩的表現だ。「最低のクソッタレ野郎」が「バウアー副知事」の比喩的表現であるように。

思ったのですけど...この番組に出てくる12人の人々はみんな、ゲイツ博士が調べてくるまで、自分の先祖のことをあまりよく知らなかったようです。成功している人ほど、日々の生活で忙しいし、家系のことなんかに興味を持たないですものね。クリスティ・ヤマグチなんて、たった二代前のお祖父さんのことなのに、聞いたことがなかったようだし。スティーブンも、アイルランドの歴史についてはもちろん知識はあったでしょうけど、ゲイツ博士に言ったように「personal(個人的)」なこととして意識したことはなかったように思えます。

それなのに...「東洋人だから」という理由で50年間もアメリカ市民になれなかった人の孫であるクリスティ・ヤマグチが、それまで白人ばかりだったフィギュアスケートの世界で初のアジア系金メダリストになったことや、貧しい人への抑圧を逃れて来た人の子孫であるスティーブン・コルベアが、皮肉とユーモアを武器に今も形を変えて残っている差別や抑圧と戦っていることに..彼らが無意識のうちに先祖の思いを成就させているみたいで、なんとなく嬉しく感じたりします。

ゲイツ博士が「決して敗北を受け入れない人」と呼んだクリスティ・ヤマグチの祖父や、女ひとりで海を渡ったスティーブンの先祖は、日本やアイルランドの中でも、とりわけ強い、しぶとい人間のDNAを持っていたのじゃないかと思う。たとえ当初は「歓迎されざる人種」「お情けで受け入れてやる難民」と思われていたとしても、長い目で見れば、こういう人たちの子孫が、今のアメリカの強さを形作っているんだなあ...

なんてことを考えながら、これから第3回を見ます。




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