2009/12/17  23:22

【映画感想】キャピタリズム マネーは踊る ☆☆☆☆  映画感想 2008年〜

貧乏人はラッキーなんだぜ。なんたって、本当に天国に行けるのは、貧乏人なんだから。

〜ルカによる福音書 6:20 (翻訳 by Kumiko)

金がなくて、明日食べるもの明日着るものも買えなくったって、くよくよ気にすんな。空を飛んでる鳥を見ろ。畑に種を撒いたり、収穫を倉に貯め込んだりするか?それでも神様がちゃ〜んと養ってくれてるじゃないか。野っ原に咲いている百合を見ろ。あくせく労働したり、せっせと糸を紡いだりしてるか?それでも、断言するけど、いちばん景気が良かった頃のバビロンにだって、こんなにキレイな服を着たやつはいなかったね。...明日のことは、また明日考えりゃいい。今日考えるのは、今日の苦労だけで十分だよ。

〜マタイによる福音書 6:25 (翻訳 by Kumiko)

金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通り抜けるより難しい。

〜マルコによる福音書 10:25 (これは普通の訳)


はは、いきなり、聖書の勝手訳から始めてしまいましたが...

いえね、私が「キャピタリズム マネーは踊る」の感想を書くのなら、「資本主義は悪か、社会主義はマイケル・ムーアが言うほどいいもんか?」みたいなことを論じても、しょーがないと思いまして。「資本主義」も「社会主義」も「共産主義」も定義の問題で、そりゃスターリンがやってたことを「=共産主義」と思うなら悪いに決まってるし、この映画で描かれているゴールドマン・サックスの行為のようなメチャクチャを「=資本主義」と呼ぶなら、そりゃ悪いに決まってる。第一、そういう経済学入門みたいな議論なら、よそで他の人たちが死ぬほどやっているだろうしね。

だからここは、fellow liberal Catholic(リベラルなカトリック教徒のお仲間)として、この映画で一番「おお、そうだそうだ!私もずーっと前からそれが気になっていたんだよ。よくぞ言ってくれました!」と思ったことを書きたいと思います。もっとも、マイケル・ムーアがカトリックだなんて、この映画観るまで知りませんでしたけど。

この映画で描かれているように、アメリカではいつの頃からか、資本主義とキリスト教が、「ヨーロッパ的社会主義的価値観の脅威」に対する「昔ながらのアメリカ的価値観」として、保守派の人々にセットで信仰されるようになっているのです。うーん、以前はこんなに極端じゃなかったような気がするんですけどねえ。これはやっぱり、宗教右派と極端な自由競争主義が結びついていたネオコンの(ブッシュ政権の)影響が大きいのでしょうか。あるいは、EUと中国とイスラム教に対する恐怖がごっちゃになっているのかも。

FOXニュースの右派キャスターで、この映画にも登場するグレン・ベック(※)も、「オバマ政権のせいでアメリカが破滅に向かう今、頼れるのは3つのG - Gold(金)、God(神)、Gun(銃)だ」と主張しているし。

でも、それは絶対に変なのよ。経済システムとして資本主義が正しいか社会主義が良いかってことは、決定的な答えが出るもんじゃないとは思うけど...この映画の主張の中でひとつだけ、もう絶対に絶対に正しいことがある。それは「キリスト教と資本主義は、まるっきり正反対の考え方だ」ということ。私が大きくうなずいてしまったのは、そこなの。

「多くの人を豊かにするためには、自由競争の資本主義の方が結局はメリットが大きい」っていう主張は、場合にもよるけど、わからんでもない。でも、少なくとも、そこに神を持ち込むな!ってこと。資本主義と神や道徳を結びつけた時点で、その主張は偽善としての馬脚を現していると思う。

思えば、私はずーっと昔から、プロテスタント的価値観のこの部分は変だと思っていました。たぶん、世界史で宗教改革を習った時から。カルバン派だったと思うけど、「勤労と蓄財を神の教えとして奨励した」というところ。

まあ「勤労」に関しては、イエスも推奨してないわけでもないですけど。「神に与えられた才能は精一杯活用しろ」とは言っているし、冒頭に勝手訳を書いた山上の垂訓だって、あえて突っ込めば、鳥や百合が働いていないわけじゃないしね。百合だって、太陽の光を浴びるために一生懸命葉っぱを伸ばしていると思うし。

しかし、鳥や百合が絶対にやっていないことは、「将来のために財産を貯め込む(蓄財)」ということで、ポイントはそこなんです。イエスの教えは、まとめると「金を貯めるな、余分な金が手に入ったら全部貧乏人にやっちまえ。明日の食いもん着るもんがなくても、気にすんな!」

まあ...無理なんですけどね。(※)かく言う私だって、老後の貯えはせずにいられないし。でもそれがほんとはイエスの教えに反することだってのは自覚してます。つまり、必要最小限以上に金を稼いだり貯金したりするのは、生きてゆくために信仰と折り合いをつける現実的行為であって、アメリカの宗教右派の人々が言うような「神の道」ではないのです、絶対に。まったく、イエスは「ホモはダメ」なんて一言も言っていないけど、「金を貯めるのはよくない」とは、これ以上ないほどはっきり言っているというのに。

「勤労と蓄財」よりは、「宵越しの金は持たねえ!」という江戸っ子気質の方が、まだイエスの教えに近いと思いますよ(笑)。あるいは、この歌「金のない奴ぁ俺んとこ来い!俺もないけど心配するな...見ろ、青い空、白い雲 そのうち何とかなるだろう。」(※)これなんて、キリスト教精神そのものですよ。いやマジで。

えーと、なんか話がそれましたが、とにかく、「金を貯めるな、貯め込んで金持ちになったりしたら天国に行けないぞ」ということは、「とにかく愛が大事だよ」ということと並ぶイエスの教えの柱であって、他人の解釈を鵜呑みにせずにソース(聖書)に当たりさえすれば、資本主義とキリスト教がまったく相反する信念だということは、ごまかしようがないはずなのです。

「金儲け」や「蓄財」をキリスト教の教えにかなうこととするのは、自分の都合のために宗教を捻じ曲げることの最たるものであり、マイケル・ムーアが「洗脳」と言っているのは、かなり正確なのです。このへん、聖書やアメリカ宗教右派に関する知識がないと、「またマイケル・ムーア流の誇張だろう」と思うかもしれないのですけど。

とにかくこの映画の、昔のテレビドラマ(※)のイエスの台詞を吹き替えた部分は傑作!です(笑)。

もうひとつ。できればこの映画とともに、20年前のマイケル・ムーアのデビュー作「ロジャー&ミー」を観ることをオススメします。たしかDVDレンタルあったはず。「キャピタリズム」の、「何でこんなことになったのか」の始まりが、まさに「ロジャー&ミー」にあるからです。

マイケル・ムーアのドキュメンタリーについて、彼だって自分の主張に都合のいいように事実を編集して並べているじゃないか、FOXニュースの右派のプロパガンダに対して、左派のプロパガンダなだけじゃないか、という意見もあります。

それについては、FOXニュースは「不偏不党」の「ニュース番組」だと自称しながら自分たちの主張を流しているのに対し、マイケル・ムーアは最初から自分の主張をはっきりさせているという違いがあるのですが...

それ以上に、20年の歳月をはさんだ「ロジャー&ミー」と「キャピタリズム」を比べて見ると、マイケル・ムーアに一貫しているのは、主張というよりその「立ち位置」だと感じるのです。

彼はミシガン州フリントの、GMの工員の息子。1930年代のストライキで命がけで権利を勝ち取った労働者の甥であり、かつては従業員を大切にしていたGMのおかげで何不自由なく育った白人青年であり、保守的なカトリック家庭の育ちで、元全米ライフル協会会員で...1980年代に、GMの大量解雇によって目の前で崩壊した町の人間。「史上最高の利益を出したばかりの企業が、町をまるごと滅ぼすほどの大量解雇をするなんて間違っている。」という、至極シンプルな主張をするために映画を作り始めた映画作家だ。

扱う問題が銃犯罪であろうとイラク戦争であろうと医療保険制度であろうと、それは常に「ミシガン州フリントのマイケル・ムーア」の見たアメリカであり、彼は常に映画の最初で、それをはっきり宣言している。

たしかに、それはドキュメンタリーとしては王道ではないけど、だからこそ信用できるのです。産地のはっきりしている野菜みたいに。

最後に...エンドロールで流れるスタンダード・ナンバー風の軽快な歌が、よく聞くと「インターナショナルの歌(英語版)」だったのにびっくりしました。これって、各国いろいろ勝手な歌詞をつけているそうなんですけど(元はフランス語)、日本では「起て、飢えたる者よ」というアレですよね?

インッタ、ナッショナァ〜ル♪

※グレン・ベック:「パイを一切れ分け与えれば、貧しい人が食べられる」と言った女性議員に対して「でも、ぼくのパイだ!」と叫んでいた人。ちなみに、この「3G」のうちGold(金)については、ベック氏は番組で「経済は必ず崩壊するから、金に投資するのが一番安全だ」と訴える一方で、金のコインを売る会社にスポークスマンとして雇われていたことで「利害の衝突」を指摘されている。

※正直に言えば、イエスの教えには「うっ、そこまでは無理ですぅ...」なものが多い(笑)。「人間を、どんだけ強いと思ってる?」って感じ。だからもし、「私はイエスの教えに100%従って生きています!」なんて主張する人がいたら、その人がマザー・テレサでない限り、大嘘つきだと思って間違いないです。

※「だまって俺について来い」作詞:青島幸男

※1977年のTVミニシリーズ「ナザレのイエス」 イエス役はロバート・パウエル



2009/12/29  23:39

投稿者:Kumiko

鳩山さんですが、大丈夫、イメージはばっちり下がってると思いますよ(笑)。メディアも、全部が手ぬるいってこともないんじゃないですかね。手ぬるい所は、たぶん、いくらなんでも内閣がもうちょっと持ってくれないと困ると思っているので、そのへんじゃないでしょうか。

「キャピタリズム」を見て思ったことですが(と、唐突に元の話に戻る)アメリカ人って、自分は金持ちでも何でもない、むしろ困っているのに、なぜか金持ち優遇の政治理念を支持する(それも熱烈に)人が大勢いるのです。(大統領選挙の時に話題になった「配管工のジョー」とか。)常々、不思議に思っていたのですが、マイケル・ムーアによれば、あれは「努力しさえすれば、誰でも金持ちになれる。自分もなれる。平等にすることは、自分からそのチャンスを奪うことだ」と、刷り込まれているからだそうです。

日本人はさすがにもっとシニカルで「努力すれば誰でも成功できる」なんて信じてないし、なにより嫉妬深いので、自分に金がないのに金持ちを賛美したりはしないと思いますよ。たぶん...

それが良いことかどうかは微妙ですが、この映画を見ていて、日本人の悲観的で嫉妬深いところにも良い面もあるのかなあ、とか思っていたのでした。

2009/12/29  23:23

投稿者:Kumiko

>キリストの画像って各国各時代の女性信者にとっては幾分やはりそのどういうか恋人の写真的な感じはなかったのでしょうか

うーん、どうでしょうか。いろんな時代からキリスト像ばかり集めた画集とか、つらつら眺めながら考えたのですが、それぞれの時代で、その画家たちなりに理想の気高さとか美しさとか追求していたとは思うのですが...男性としての魅力というのを感じるものは少ないかなあ。わかんないですけどね。単に私の好みじゃないだけかもしれませんから。

でもやっぱり、聖母マリアの姿に明らかにこめられている理想の清純な女性の姿や母親の面影やら、マグダラのマリアに託される華やかでセクシーな女性の理想とかに比べたら、やはり画家自身の思い入れが、そういう方向には行ってないような気がします。女性信者へのサービスっていうのは...うーん、やっぱりそういう発想は、あまりなかったような気がします。

私が一番好きなのはカラバッジョで、「聖マタイの召喚」のイエスなんて美しいと思うのですが...カラバッジョは他にもなまめかしい美少年とかいっぱい描いているし、完全にストレートだったとは思えないフシがあるしなあ(笑)。

これはキリスト像や宗教絵画に限ったことじゃないんですけど、残念ながら、近代以前の芸術に「女性の要望」を感じることってあまりないのですよね。あんまり考慮されていなかったというか。ミケランジェロとか、男性美の極致みたいな芸術には、むしろゲイっぽさを感じてしまうのです。偏見かもしれないけど。

その点、日本の平安文学の方が、女性の視線とか美意識とか理想の男性像とか溢れてますよね。あれってすごいことだと思います。話がそれましたが。

ちなみに、6世紀ごろのヒゲなしキリスト像はこんなんです↓(さかなとパンを増やしているところ)
http://navy.ap.teacup.com/kumiko-meru/img/1262093708.jpg

カラバッジョの「聖マタイの召喚」↓
http://navy.ap.teacup.com/kumiko-meru/img/1262093754.jpg

アップ
http://navy.ap.teacup.com/kumiko-meru/img/1262093780.jpg

2009/12/29  1:34

投稿者:じゅうばこ

続きです、すみません。
このお話の全体でも、神殿の物売りのことでも、私はどうやら長い年月教会やアメリカが苦心して工夫してきた解釈を全部知らないで、すっとばして元のというか素のというか自分の好きにというか多分ムーア調に解釈していて、もうごく普通に、「イエスは金持ちは嫌いなんだ」と思いこんでました。だって、あんな質素な服着てロバになんか乗ってる人ですよ(笑)。
だから暮らしが楽になるたび、イエスは私のこと嫌いになったろうなあと思い(おまえはイエスの何様だ、ですが)、ぜいたくをした上にイエスに好かれるなんて虫がよすぎるよなとさえ思ってた。

で、また年末にとんでもない話題ですが、仕事の合間にテレビを見てると鳩山首相がもらったお金のことで責められていて、でも何となく私の感じじゃメディアも野党の自民党もどこか手ぬるく、いっそ好意的にさえ見えます。
私は政権変わったのは良かったと思ってるし、今の内閣にはもうしばらくはがんばってほしいのですが、ただ家族間で億単位の金がやりとりされる人って、私の感覚じゃもうそれだけで「ろくなやつじゃない」になるんですよね、何となくですが。世間もそうだと思ってたから、「あーあ、これでもう、イメージがた落ちじゃん」とも感じてたんですが。

でも、ここでお話していて、ふと思ったのはメディアも野党ももしかしたら、あんなすごいお金持ちだったってことで、鳩山さんのことをカッコいいとか立派とかうらやましいとかいいなあとか…もしかして尊敬とか憧憬とか萎縮とか畏怖とかに近い感情を抱いてるんじゃないだろうなあ。まさかね。
だって前政権下で大いに進んだ格差の礼賛って、ああいう金持ちを理想としてあがめあこがれるっていうことなんでしょうから。

とんでもない話をこの年の暮れにすみません。ともあれ、よいお年を。
(クリスマスはバドとデートしてました。)

2009/12/29  1:04

投稿者:じゅうばこ

わー、ありがとうございます。地雷を踏んだというよりも、波止場で一本釣りしていたら魚群をキャッチしたみたいな(笑)。こういう話が聞きたかったのでうれしいです。
…などと今頃お返事するのもまのびしてますが、もうなんかしょーもないことばっかりで、御用納めとやらの今日まで職場で会議してました。忙しいのもいいんですが、無駄な忙しさは、いや愚痴はやめます。

お話うかがって初めて気がついたのはマリアとイエスの描き方の差などにまで男女の差がからまってることで、たしかにそうですよね。でも、これも考え出すときりがないのでやめますが、と言いながら書いてしまいますが、キリストの画像って各国各時代の女性信者にとっては幾分やはりそのどういうか恋人の写真的な感じはなかったのでしょうか、そういう要望は反映されなかったのでしょうか。
それにしても、その昔のローマ風のキリストと聞いて、何だかマキシマスしか思い浮かばない私もどうなんだろうなあ。

長くなりそうなので、ここまでで。

2009/12/22  13:33

投稿者:Kumiko

>とりあえず貧乏で不幸で孤独で皆に迫害されて病気で牢屋に入っててその内死刑になる人は、とにかく偉くて正しい!

まさにその通りですよ。「今泣いている人は幸いである、彼らは慰めを得るだろう。正義のために迫害されている人は幸いである、天国は彼らのものである。」

あ、それから「神殿の物売り」についてですが...あれって、「ジーザス・クライスト・スーパースター」の表現でもそうですけど、「神聖な場所で」「売春やニセ薬売りなどの道徳に反した商売をしていた」から追い出した、という解釈になっていることが多いのですが...本当はあれって、神殿に捧げるためのものを売る商人や、献金するための金を両替する人たちで、特にあこぎな商売をしていたとは書かれていないのです。

だから、イエスが怒ったのは、素直に解釈すれば、ずばり「神を金儲けに利用するな!」ってことなんです。でもこれって、神を利用して大いに儲けていた中世のカトリック教会からすると、非常〜にまずい教えだったのですよね(笑)。だから、「神聖な場所で汚らわしい商売をしているから怒った」、という意味合いに、微妙にイメージを変えているのです。そのへんが「いろいろ拡大解釈」の一部でね。上の映画の感想ではプロテスタントが悪いみたいなことを書きましたが、カトリックだって同罪であることはもちろんです。

まー、こういうことを書いているとキリがないですね。

2009/12/22  12:01

投稿者:Kumiko

で、それ以来のキリスト教絵画はたいがい、キリスト(と、あと弟子のうち何人か)だけがひげと髪を伸ばしてローブみたいな昔の服装で、その他の人々はその絵が描かれた当時の髪型服装であるというパターンが多いです。それはむしろ、「キリストだけは他の人間とは違う」ことを強調する意味があるのだと思います。

特に聖母マリア、マグダラのマリアについては、「その絵画が描かれた時代・国の理想の女性」をもろに反映していますね。ルーベンスのマグダラのマリアはオランダ人の金髪美女ですし、ムリーリョの描く聖母マリアはスペイン人の美少女そのものです。

でも、キリストについては、必ずしも「その時代・国の理想の男性像」にはなっていないと思います。北方ルネサンスのキリスト像なんて、顔色悪くてガリガリですもん(笑)。やっぱり、人間として描かれていても、外見的なことより思想的な反映が大きいのです。

まあこの差は、画家がほとんど男だってこともあるのでしょうけどね。キリストが男性として魅力的に描かれている絵画は、画家がゲイだったんじゃなかろうかとかも思いますけど、まあこれは別の話(笑)。

でも、絵画の中の人々が、時代考証もなんにもなくその絵が描かれた国・時代の姿になってしまうのは、別段思想的意味はなくて、実用的な理由が第一だと思いますよ。とにかく、視覚的情報のない昔の人たちは、自分たちのことしか知らないですもん。バロック期の絵画で「日本の少女を癒す聖フランシスコ・ザビエル」という、日本を舞台にしているはずの絵画があるのですが、すごいですよ。「えっ、このカラフルなピラピラした布が着物のつもり?この茶髪マッチョな人々が日本人のつもり?」って(笑)。これでもせいいっぱい想像力を駆使したんだろうなあと思うと、笑うのも気の毒ですが。

まあとにかく、そういうことなんですが...「ジーザス・クライスト・スーパースター」以来、スリムジーンズをはいた細マッチョなイエスなんかが出てくるようになったのは、ローマ人の美男をキリスト像として描いた初期の頃の精神に戻っているのかなあ、とは思います。

2009/12/22  12:00

投稿者:Kumiko

じゅうばこさん、危険ですよ、私に宗教絵画の話なんか振ったら(笑)。ここではとても書ききれない。でも書いちゃう。

まず、絵画のキリストで金髪碧眼って、私はあんまり見たことないのですけど。目の色まではよくわかんないけど、たいがい黒髪ですよ。まあ茶髪っぽいのもありますけど。私のユダヤ人の典型イメージと言えば、黒髪のウェーブヘアで目はブルーなんですけど(<それって誰のこと?笑)、1世紀当時のイスラエル在住のユダヤ人の典型がどうだったかは、さっぱりわかりません。というのは、当時のユダヤ教って、偶像崇拝にものっすごく厳しかったのですよ。イスラエルを占領していたローマ皇帝が、自分のシンボルマークを掲げてエルサレムを行進しただけで反乱が起きたって言いますから。だから、誰かの肖像を絵画や彫刻にして飾るなんてとんでもない大罪だったはずです。

だから、ユダヤ教から派生したキリスト教も、最初のうちはそもそもイエスの姿を絵にするなんて考えられなかったはずなんですよね。偶像崇拝ですもん。でも、まあご存知のように、ローマ帝国まで広がって、最初は弾圧されて、その後公認になって...そうこうするうちに、ローマの文化とだいぶん、混ざっちゃったのですね。それで宗教絵画ができたと。でも、もともとユダヤを知らないローマ人のキリスト教徒は、何百年か前のユダヤ人がどんな格好をしていたかなんてまったく知らない。だから、自分たちの姿を基準にキリスト像を作りました。だから、ほんっとに初期のものには、ローマ人のように髪を短く切ってひげをキレイに剃っているキリスト像もあるんです。

でも、いつの頃からか、髪を長く伸ばして真ん中で分けて、ひげを伸ばしているキリストが典型になりました。これは、ユダヤ人のスタイルなんです。(ひげや髪を伸ばさないといけないっていうのは旧約聖書の戒律です。)いつか誰かが突っ込んだんでしょうなあ、「イエス様にひげがないのはおかしい!」って(笑)。

つづきます。

2009/12/21  23:46

投稿者:じゅうばこ

あ、すみません、ひとつ追加を。
自分のサイトにも書いてたんですが、キリストを黒い目や髪じゃなく、金髪碧眼にする絵画や映画が昔は多いのも、(もちろん、イエスがそういう外見だった可能性はありますけど)そういう「西欧世界の家庭になじむ安全な存在」にしようとしてきた工夫のひとつなんでしょうね。

http://www.fukuoka-edu.ac.jp/~itasaka/jugyou/hikaku02.html

2009/12/21  23:27

投稿者:じゅうばこ

前にベン・ウェイドの話をした時、「悪にあこがれる」と言いましたが、キリスト教とマルクス主義(どっちも厳密には本物じゃなかったのかもしれませんが)を何の不思議もなくごっちゃで身につけていた私のいっちばん困った癖は、「とりあえず貧乏で不幸で孤独で皆に迫害されて病気で牢屋に入っててその内死刑になる人は、とにかく偉くて正しい!」「金持ちで友達多くて健康で幸福な人はさしあたり何しろきっと悪いやつだ!」と、とっさに思ってしまうことです、いや、マジで。(笑)

まあ、文学全体がそんなもんで、イプセンも「民衆の敵」って戯曲書いてますし、しょうがないのかな。

「ジーザス・クライスト・スーパースター」でイエスは神殿の物売りの店を破壊してますもんね。あれも聖書にあることですし。まあ、あんな零細企業をいじめないでもと思うけど、でもその姿勢ははっきりしてますよね。

ムーア監督のベルばら風インターナショナルに早くお目だかお耳だかにかかりたいです。

2009/12/21  22:47

投稿者:Kumiko

私も、「インターナショナルの歌」は母親に聞いて知っているだけなんですが...じゅうばこさんが「あしながおじさん」なら、この映画のエンドロールに登場するアメリカ版「インターナショナル」は、すっかりポップで明るい装いで、シンデレラというか舞踏会にドレス着て現れた「ベルサイユのばら」のオスカルというか、なんだか「別人」みたいでしたよ(笑)。

イエスは、なんというか本当は、過激なんです(笑)。それをなんとか、体制側の思想としても適応するようにいろいろ拡大解釈するのが、ローマ帝国以来の西洋2000年の歴史といってもいいかもしれない。でも、それを21世紀の今でもやろうとしているのが、アメリカの妙なところなんですけど。

日本でクリスチャンに左翼が多いのは、日本ではキリスト教がアウトサイダーだからじゃないですかね。私は今は左翼でも右翼でもないですけど、イエスの反逆者的なところにばかり目がゆくのは、やっぱり日本人でキリスト教徒だからなのかなあとか思います。


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ