太陽の沈まぬ日々

仕事もアフター7も思い切り充実させたい!新しいレストランの開拓や、行きつけのお店での仲間との交流、出逢いのための勉強など。

 

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投稿者:kumisuke
シングルモルトさん、ありがとうございます。梅棹忠夫は、昔、よく読んだのに、すっかり内容を忘れてます!読み返してみたいと思います。
投稿者:シングルモルト
先に挙げた著者は秀吉に同情的で、織田政権の後継者としての正統性に不安のある、彼および彼の政権スタッフとしては、ひたすら派手なパフォーマンスの連発により世論の支持・歓心を買い続けるしか手がなかったとしています。

本能寺の変の際に、信長本人はともかく長子信忠が死ななければ二代、三代と織田政権が続き「バランスの良い経済と国づくり」路線に落ち着いた可能性もあります。

そして鎖国をせず、西欧・イスラムの大航海時代とダイレクトにシンクロした歴史が実現していれば、確実に日本・日本人は今とは大きく異なっていたかもしれません。

このあたりの見方については梅棹忠夫の「文明の生態史観」あたりが参考になるかも。
投稿者:kumisuke
アイシェさん、いい描写ですね。孫に持って帰ろうっていう年配侍、味があります。きゅんときますね。

シングルモルトさん、ありがとうございました。司馬遼太郎の「関ヶ原」も、秀吉の拡張主義に民も武家も嫌気がさしていたのが、家康支持の要因だったと書かれてましたね。秀吉が、もう少しバランスのよい経済と国づくりを目指していたなら、徳川の天下はこなかったかもしれないですが・・・。いろんな意味で徳川幕府300年間がなかった日本というものを知りたかった。
投稿者:シングルモルト
山室恭子「黄金太閤」(中公新書)によれば、徳川政権の勤倹質素を旨とした緊縮政策は、先代豊臣政権のインフレ型華美政策〜経済のみならず、文化、戦争、広報にも及ぶひたすらまばゆく、しかしいつかは限界にぶち当たる拡張政策〜への反省に基づくものでした。

従って織部が粛清された原因に関するkumisukeさんの想像は結構あたっていると思います。南北朝に端を発した「傾く」「バサラ」的なものは役者・花街・絵画等に封じ込められてしまいましたし。
投稿者:アイシェ
茶室はお茶を飲むだけの場所でなく、政に深く関わっているなんて話を聞いた事はあったが。なんか面白そう、
つい最近かった漫画は竹光侍、松本大洋の漫画です。此方も面白い、実際の時代劇などでは再現されてない風景とか、本当はこうであったはず、のイラストの数々に、もはや使われなくなった日本語、米印でちゃんと説明はしてくれてあるも面白い、内容も心に響く、例えば門で見張りをしている年配侍の使用人に主が手先が寒く赤くなった手にいつもご苦労様と言って干し柿を2つ程手渡す、すると懐にしまう、主が食べないのかい?というと、孫に持って帰ってやろうと、なんて会話がサラッとなされる、そんな日常的な毎日の中でおきる事、悪人にすら情を覚えてしまうような、なんかウワァという漫画ではないけど、なんか心に残ってるって感じの、漫画でイイナァと(笑)、もし機会に恵まれたらみてみて下さい。
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