「割り算の教え方が難しくてな・・。」
高校時代のクラスメートで今は小学校の先生をしている僕の友人がそう呟く。
「例えば13÷4=3余り1やろ。でも子供達はどうして3と1、二つの答えがあるの?答えは3なの?1なの?3と1たして、4じゃいけないの?とか色々聞いてくるわけよ。でも3は割合で余りの1とは次元の違う数字やん、それをどう教えたらええか、悩むんよ。」
なるほど・・。僕の頭は25年前に遡る・・。
「割り算分からんかった人は放課後残って、先生と勉強しよう!」
当時24,5歳であったろう、くすのせ先生はがっちりした体型に日焼けた肌のかっこいい好青年な男の先生だった。不安気に放課後、教室に残ると、結構いるじゃん!僕の仲間!同志!子供の頃から、ぐずぐずして頭の回転の鈍い僕は正直ほっとする。
(みんな結構、分かんなかったんだ!)
しかしこの安心もすぐさま不安に変わっていく。一人、また一人と割り算を理解したクラスメートが笑顔で帰っていくのだ。さらに一人、また一人・・。やがて教室は僕とくすのせ先生だけを包み込む空間となる。
皆が出来る事が自分には出来ない悔しさ。皆が理解出来る事が自分には出来ない情けなさ。そんな頭の悪い自分に対する行き場のない腹ただしさ。焦りと悔しさと情けなさで余計に、集中出来ない。先生は粘り強く僕につきあってくれる。子供ながらに先生にも悪い気がした。辛く苦しい時間がどれだけたっただろう。とうとうなんとか、計算問題が解けた・・。
「出来たじゃないか!そういう事だよ!やったな!さぁ、帰ろう。」
なんて言ったかどうかは分からないが、そんな様な言葉を先生は僕にかけてくれた。僕は泣いていた。ただ泣いていた。勿論、嬉しくてじゃない。情けなくて。割り切れぬ屈辱。
それから4年後、中学一年の時、性格判断テストによる、あなたの向いている職業で、僕は『指導者や教師』とでた。今の僕がめざしてるものとは、全然違うものだ。しかも、人に指示をあおぐ役者を目指してる僕が、人に指示を与える指導者?クラスで一番理解力の無かった僕が人に物事を教える先生?
でも、ひとつだけ言える事がある。ドジで不器用な落ちこぼれにしか解らない屈辱は痛いくらいによく解るという事。

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