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  二村定一と戦前ジャズ、SPレコードのブログです。

 

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投稿者:毛利
こちらこそ有難うございました。

文学における音楽描写については私も興味を持っておりますので、勉強になりました。
特にレコードはしばしば文学作品に現われるにもかかわらず、これまで考証がおざなりになっているのではないかと感じます。(宮澤賢治や織田作之助など一部を除いて)
厚くお礼申しあげます。
投稿者:つなでかなしも
ご丁寧なお返事有難うございます。

日本国におけるダンス/ジャズ音楽黎明期の深遠さ
に触れ、慄くばかりです。
有難うございました。
投稿者:毛利
1928年発表の作品に出てくる「キャラバン」であれば、Abe OlmanとRudy Wiedoeftの共作による"Karavan"(1919年)に間違いありません。
Karavanという綴りは実際には用いられない綴りで、この曲に限り意識的に使われています。オリエンタリズムを主調としたダンス音楽なので、国籍不明という効果を狙ったものであるかもしれません。
また1910年代〜20年代には、わざと言葉の綴りを変えてダンス音楽のタイトルにすることが流行していました。
レコードに関しては、この作品中に登場するのがカールトン・ジャズバンド盤とは限りません。同曲のレコードはJoseph C. Smith's Orchestra(1920年)の大ヒット盤をはじめとして、国内でも日東管絃団、日活管弦楽団、河合サキソフォン・バンドなど大正期から昭和初期にかけて多くのバージョンが発売されたからです。
作中で「キャラバン」が用いられているのは、当時、カフェーやダンスホールで普通に聴かれる音楽であったからでしょう。
投稿者:つなでかなしも
はじめまして!
2007年12月23日の日記より
       〜つなでかなしも〜

以前より気になっていた事で、梶井基次郎の
1928年の作品「ある崖上の感情」の
カフェでの会話のシーンでビクターの
古ぼけた蓄音機から磨り減ったダンス・ミュージックが 暑苦しく、流れるなかで、主人公の青年が
ウエイトレスに 「ちょっと君。そのレコード止してくれない」
聴き手の方の青年はウエイトレスがまたかけはじめた 「キャラバン」の方を向いてそう云った。
「僕はあのジャズという奴が大嫌いなんだ。
厭だと思い出すととても堪らない」

の箇所で出てくる「キャラバン」について疑問に思っていた が今日に至って少し、謎が解けた。
小説が書かれたのが1928年、エリントンによる録音は Variety 515盤
(BARNEY BIGARD
AND HIS JAZZOPATORS)が
1936年12月で、年代があわず、
当時の文庫本の注釈を書かれた、三好行雄氏に
よればデューク・エリントンと
ファン・ティゾールの作品と書かれている。

本日ネットで二村定一関係を検索していたら、
カールトン・バンドの貴重なSPレコードが載っており 同じキャラバンでも「CARAVAN」→
「KARAVAN」と 微妙な違いがあり、
カールトン・ジャズ・バンドの
録音が1927年と言うことで、
時代的には一致する。

梶井基次郎の小説が書かれた頃では、
カールトンの盤はまだまだ新譜の範疇で
小説に書かれているように、鉄針による磨耗が
相当激しい盤だったのか。
それともカールトン・バンド
以前に、別のバンドに依る録音があったのか
まだまだ疑問は解けておりません。

1970年以来の疑問が少しずつ解けてきて
気分晴れやかです。
有難うございます。
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